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翌日も、彼女の元へと向かう。
曇天の下。昨日置いていったイスに腰かけて、彼女は桜を眺めていた。もう、立っているのだって辛いはずだ。焦りと悲しみが広がる。
隣に、腰かける。彼女が微笑む。
「……もう、終わりにしませんか?このままここで待っていてもっ」
「いいの。だって、約束したもの」
「でもっ」
「それに、話を聞かせてほしいのでしょ?まだ、話終えてないわ」
今日は温度が低くて過ごしやすい。だから大丈夫だと、彼女はそう言う。
「……あの人は、一緒に来ると言ってくれたの」
その言葉の意味を、彼がきちんと理解していたかはわからない。けれど、もう二度と故郷に戻ることはできなくなる。
だから彼女は彼に猶予を与えた。親しい人たちに別れを告げられるように。
「親とは上手くいってないらしくて。でも、慕ってくれる弟と、頼りになる親友がいると言っていたわ。だから、せめてその二人には」
翌年の冬、必ず戻ってくると約束して、彼は帰郷した。そうしてそれきり。彼女は毎年ここで待ち続けている。
変わらない姿のまま。
「どうしてそんな顔をするの?」
「だって」
もう、何十年待ち続けているのか。今さら、彼が来るわけない。それなのに、彼女は待ち続けている。暖かくなる、ギリギリまで。
そのせいで、どんどん身体が弱ってきているのに。
「そんな顔する必要、ないのよ。待ちたくて待っているのだから」
それに、時間ならいくらでもある。
その言葉に、頭を振る。
彼女の身体は弱りきっている。もしかしたら、もう次の冬を迎えられない。彼女もそれをわかっているはずだ。だから、本来ならもう山に帰っているはずのこの時期まで、待ち続けている。
「このままここで待っていたら、あなたの身体は……」
「いいのよ。だから泣かないで」
目元にのびてきた手は、触れる直前に止まった。その手を両手で掴む。氷のように冷たい手。優しい手。
額を押しつけて、懇願する。
「お願いします。私はあなたに消えてほしくない」
「……あなたは、この仕事に向かないのかもね」
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