待ち人

5/5
前へ
/5ページ
次へ
「それでも、彼女は幸せな最期を迎えられたんだろ?ならいいじゃないか。どうせもうもたなかったんだし」  電話越しに、上司はそう言った。 「こっちだって苦労したんだぞ。その吉野さんのご遺族探すのに」  彼女の待ち人は、約束の冬を迎える前に亡くなっていたのだという。  ここに来たのは弟さんの孫だった。 「祖父が、絵を大事に持っていたんです。亡くなった兄が愛した人だと言って。その絵に心奪われて、無理だとわかっていても、会いたいと願っていたんです」  訃報を知らせようと、吉野さんの親友はこの地に訪れていた。けれど、それは夏のこと。彼女に会うことは叶わず、また地元の人に聞いてもわからなかった。 「まさか、本人に会えるなんて思ってもみなかった。連絡をもらって、すぐに飛んできました」  彼は、この地で家を探すと言っていた。祖父の思い出の地。彼女の眠るこの地で、生涯を過ごすつもりだと。  この地を離れる前に、もう一度桜の元に向かった。  彼女がずっと眺めていた桜。この桜の花を見ることはできなかったけれど、愛した人本人に会えたわけではなかったけれど、それでも彼女は最期、笑顔を浮かべていた。  それは上司の言うように、いいことではあるはずなのだろうけど。  もっと他に、何か手立てはなかったのか。そう、思わずにはいられない。  昨夜、雪はちらつかなかった。枝には固い蕾がついている。少しずつ、雪はとけて、もうじき春が来る。  桜の花が咲く。待つ人はもういない。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加