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「それでも、彼女は幸せな最期を迎えられたんだろ?ならいいじゃないか。どうせもうもたなかったんだし」
電話越しに、上司はそう言った。
「こっちだって苦労したんだぞ。その吉野さんのご遺族探すのに」
彼女の待ち人は、約束の冬を迎える前に亡くなっていたのだという。
ここに来たのは弟さんの孫だった。
「祖父が、絵を大事に持っていたんです。亡くなった兄が愛した人だと言って。その絵に心奪われて、無理だとわかっていても、会いたいと願っていたんです」
訃報を知らせようと、吉野さんの親友はこの地に訪れていた。けれど、それは夏のこと。彼女に会うことは叶わず、また地元の人に聞いてもわからなかった。
「まさか、本人に会えるなんて思ってもみなかった。連絡をもらって、すぐに飛んできました」
彼は、この地で家を探すと言っていた。祖父の思い出の地。彼女の眠るこの地で、生涯を過ごすつもりだと。
この地を離れる前に、もう一度桜の元に向かった。
彼女がずっと眺めていた桜。この桜の花を見ることはできなかったけれど、愛した人本人に会えたわけではなかったけれど、それでも彼女は最期、笑顔を浮かべていた。
それは上司の言うように、いいことではあるはずなのだろうけど。
もっと他に、何か手立てはなかったのか。そう、思わずにはいられない。
昨夜、雪はちらつかなかった。枝には固い蕾がついている。少しずつ、雪はとけて、もうじき春が来る。
桜の花が咲く。待つ人はもういない。
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