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「畜生!! あのクソ上司!!」
ネオンが煌めき人々がざわめく街角で、男は千鳥足で歩いていた。
気崩れたスーツに赤ら顔で鞄を抱え、斜めに歩いては肩を道行く人々にぶつからせる。
そしてそんな人々に謝ることもできずただただ喚きながら歩いていた。
そんな彼の視界はぐにゃぐにゃと歪んでおり、自分がどう歩いたのかさえもわからないままようやく駅のホームへとたどり着く。まだ肌寒い風に肩を震わせながら、ふらふらとしながら電車の入口へと脚を進める。その際に、「4392号」と書かれた車両番号が目に入った。男にとって見慣れない電車だが、まあ近所には着くだろう。となんの根拠もない考えに身を委ねる。
そして空いた席を見つけると、大股開きで重力にまかせてドカッと腰かけたのだった。
頭がグラグラとする中で、男は乗客に老人が多いことに気が付いた。酒に酔ってはいるものの、どこか冷静な頭の片隅でめずらしいなとひとり呟く。
本来終電にいるのは大抵サラリーマンか夜遊びした若者くらいだ。もちろん定年が近いものもいる。だが、この電車の乗客はもう定年した後であろう、足腰の弱った私服の老人たちが談笑しながら座っていた。そして悲しそうな目をした子供や、窓をぼんやり眺める青年もいた。そんな中、一人の女が男の横に腰かける。
年は30代だろうか。きっちりと髪をアップにまとめたスーツ姿の凛とした女だった。
彼女は男の顔をまじまじと覗き込むと、恐る恐る男に声を掛けたのだった。
「もしかして……長谷川君!?」
確かに男の名前は長谷川だった。男はその声にはっとすると、改めて女性の顔を見る。
その顔には確かに見覚えがあった。
「あれ、まさか佐伯先輩!?」
実はこの佐伯という女、男が転職する前の会社の直属の上司だったのである。
お互いが思い出したことを悟ると、二人の表情が明るくなる。
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