コーヒーはブラックで

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「デート」のつもりで電車に乗るのは緊張する。混んでくる時間帯だから、彼と2人で入り口近くに立っていた。降りる駅は4つほど先だ。 「で、お店は決めたの」 「とりあえず、レストラン街みたいなとこに行ってから決めない?」 「ああ、いいよ」  電車が走る音がお互いの声をかき消す。咄嗟に口をつぐんだ。上手く話しかけられない。  むっと口をつぐむ瑞希に、彼も察したように黙って携帯を見始めた。  幸いそこまで長い時間かからずに降りられた。  歩き出そうとする瑞希を、彼が呼んだ。 「瑞希」  それはちょっと恥じらいだように。言い慣れてないのだろう。 「どしたの」  振り返ってみると彼が携帯を見せてくれた。 「ここがいいな」  どうも、さっき携帯でお店を見ていたらしい。 「まあ、あたしの言ったことまるで忘れたの」 「あれ、こういうの好きじゃない?」 「ううん」  彼の手元を覗き込むので自然と懐にすり寄っていた。人が流れてくるホームで人を避けようとしてさらに自然とくっついている。 「普通に好き。……ここでいい」 「ん。俺お腹空いたんだよね。お店探してぐるぐる歩き回りたくないし」 「――ね、それってもっと早く言うことじゃなかった?」 「ん? いやー、何となく携帯で探してたら急にお腹空いて来ちゃったんだよね」  瑞希は何それ、と苦笑いした。 「あおむしなの、あんた」 「何? はらぺこだからって? フフ」 「もう、笑ってないで、早く行こうって」 「はいはい。ちょうど人も捌けたしね」  そこまで計算していたのだろうか。だとすると、ただただ健気だ、とも言えない。瑞希の提案をあっさり打ち消して、空気が読めない困った子だとも言えない。  自身の都合に合わせて振る舞うふりをして、自分のことをよく見ている、ちょっと遠回りな優しさ。いつの間にか自分のことを包んでくれる温かさ。コーヒーにミルクを入れると色が薄くなるが、何だかそれみたいだと感じる。自分は優しさに包まれて色を変えられるのだと。  ところで、やはりアイスを入れた場合とどう違うのかは分からない。  こちらから手を取って一緒に階段を下りて出口に向かう。
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