7人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
「デート」のつもりで電車に乗るのは緊張する。混んでくる時間帯だから、彼と2人で入り口近くに立っていた。降りる駅は4つほど先だ。
「で、お店は決めたの」
「とりあえず、レストラン街みたいなとこに行ってから決めない?」
「ああ、いいよ」
電車が走る音がお互いの声をかき消す。咄嗟に口をつぐんだ。上手く話しかけられない。
むっと口をつぐむ瑞希に、彼も察したように黙って携帯を見始めた。
幸いそこまで長い時間かからずに降りられた。
歩き出そうとする瑞希を、彼が呼んだ。
「瑞希」
それはちょっと恥じらいだように。言い慣れてないのだろう。
「どしたの」
振り返ってみると彼が携帯を見せてくれた。
「ここがいいな」
どうも、さっき携帯でお店を見ていたらしい。
「まあ、あたしの言ったことまるで忘れたの」
「あれ、こういうの好きじゃない?」
「ううん」
彼の手元を覗き込むので自然と懐にすり寄っていた。人が流れてくるホームで人を避けようとしてさらに自然とくっついている。
「普通に好き。……ここでいい」
「ん。俺お腹空いたんだよね。お店探してぐるぐる歩き回りたくないし」
「――ね、それってもっと早く言うことじゃなかった?」
「ん? いやー、何となく携帯で探してたら急にお腹空いて来ちゃったんだよね」
瑞希は何それ、と苦笑いした。
「あおむしなの、あんた」
「何? はらぺこだからって? フフ」
「もう、笑ってないで、早く行こうって」
「はいはい。ちょうど人も捌けたしね」
そこまで計算していたのだろうか。だとすると、ただただ健気だ、とも言えない。瑞希の提案をあっさり打ち消して、空気が読めない困った子だとも言えない。
自身の都合に合わせて振る舞うふりをして、自分のことをよく見ている、ちょっと遠回りな優しさ。いつの間にか自分のことを包んでくれる温かさ。コーヒーにミルクを入れると色が薄くなるが、何だかそれみたいだと感じる。自分は優しさに包まれて色を変えられるのだと。
ところで、やはりアイスを入れた場合とどう違うのかは分からない。
こちらから手を取って一緒に階段を下りて出口に向かう。
最初のコメントを投稿しよう!