贅沢な幸福

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 知らないうちに寝ていた。瞼をうっすらと開ける。また彼らの曲を口ずさむ。一人分の布団の上に二人寝っ転がるのはきつきつで、一緒に寝ているお隣さんの寝息がかかる。その寝息を感じながらあの心地を味わう。贅沢な日常を感じて、それを淡々とこなしていく。あのバンドのライブも、今日の思い切った贅沢な日常も、全て楽しかった。嬉しかった。心が穏やかになった。そこにとろけていく。でも一点だけとっかかりがあった。そのせいで幸せだと、心がそぞろになる。ほろりと不安を感じる。幸せだった時が、過ぎていくのが悔しくなる。何度もライブで感じた。  明日なんて来なければいいのに。  この日が永遠に続けばいいのに。  それでも来てしまうのだろう。  幸せなのにどこか虚ろだ。満たされているのに、過去を引きずる。  なんで、こんな気持ちになるんだろうか。とてつもなく悲しいのだ。あんまりに切ないのだ。何も考えていなくても目がうるんでいく。こんな大きなものを私が感じていることに罪悪感を感じてしまう。真っ白な雪を踏みつけて、遊んでいたのに、ふとその雪を踏み荒らしてしまった自身を顧みてしまう。ざっくざっくと踏み荒らした後の、あの清清しさ。そして清清しさに疑問を持つ。これでいいのだろうか。すると一点、虚無感をかんじる。どうして、このままでいいのに、幸せなのに。  薄闇にほんのりと茜色が窓からさした。ふんわりとカーテンが揺らいでいた。薄い膜のカーテンが私の鼻先をかすめる。艶やかな日差しを注がれる。真っ赤に焼けた空が見えた。晴れた空には羊はもういない。  ふっ  そんな吐息が聞こえた。  口ずさむ歌がかすれていく。  目の前の彼女は薄目に、私を見て微笑んでいた。ふんわりとしたその笑みに心がほぐされる。切なさや悲しさを日常に流し、幸せの中でに笑ってみた。 「起きてたんですね」  贅沢な幸せで、もう心はどろどろにとけていた。
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