贅沢な幸福

2/12
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 小さな箱だった。そこにぎゅうぎゅうづめにされながら、目の前の小さなステージに立っている青年を見つめる。黒髪にちらちらと交る赤髪はスポットライトに映えている。少し伸びすぎだろうか、と思わせるほどの髪は、そこに立っているだけで様になっている。青年の両隣には、青年を慕うチームメイト。一人はドラム。青年よりも逞しい腕だ。「ドラム!」と中央の青年が呼びかけると、心地よいテンポでドラムが叩く。その手さばきにまた私は惚れる。ごっくん、と声を飲み込み、一心不乱に彼らを見つめ続けた。今度は「ギター」と落ち着いた低い声音でマイクに囁く。すると、青年の傍らにいる青年より背が数段高い女が、弦を鮮やかにはじき、その手さばきを音色にのせる。そうして最後は中央にいる青年だ。 ──今日はよろしく。  彼の声音や喋り方が好きだった。そして、彼らが生み出す、奇跡のような輝きの音色も、愛していた。チームメイトのプロフィールも、彼らの格好も、何度も憧れて、堪らず声を押し殺すくらいに、日常の一部になっていた。小さなバンドで、周囲からは誰それ? と言われるような曲ばかり作っているけれど、私にとっては宝物ばかりを生み出してくれる、神様みたいな人たちだった。  そのバンドの音色が、今まさに始まる。 ──いこーぜ、お前ら。  周囲のファンが湧き立つ。沸騰して、この場から吹きこぼれそうだ。そんなノリにのれない私だけれど、今日だけは、今この場だけは、この場に合わせたかった。目の前の彼らをしっかりと、頭に叩きつける。手を上げる。  そして、彼らの荒れ狂う海のような音色が一斉に響く。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!