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運に恵まれていて、まだ降り始めて間もない時にアパートの自室に帰ってこれた。すぐにベランダに出る。
よかった。
雨脚が強まる前に、取り込む。布団はさっぱりとした空気を吸い乾いている。前よりも白さが一段と際立った気がする。鼻を近づけてみる。今日の朝の匂いがした。ほおずりしたくなるような触り心地だった。
「布団、大丈夫だった?」
そんな時隣のベランダから、女性の声がした。お隣さんだ。私と同じか、年上ぐらいの女性が隣には住んでいる。その女性の表情や顔は思い出せない。
布団の心配をしてくれていることに感謝し、私は応えることにした。
「はい。なんとか」
そこから、缶のコルクが爽快に開く音がする。それは私が待ちに待っていた音で、アルコールの気配に心が跳ねる。まだ呑んでいないことが意識され、体がアルコールを渇望する。その上、不自然な凹凸がのどにひっかかり、切なさが喉にこびりつく。
「昼からお酒ですか?」
私はふっと息するように持ち掛けた。
「そう。今日はオフなの」
「私もそうなんです」
「それはそれは奇遇ね」
そこで彼女はベランダから唐突にいなくなった。何かお別れの挨拶をすればいいのに。これでは尻切れトンボの会話だ。
布団を部屋に招きいれる。もう新しい化粧を試す気もなかった。
すぐにお酒が呑みたくなる。タッパーを冷蔵庫から出して、開き、おかずを手でつまみ、頬張る。これは昨日いためた野菜炒めだ。もやし多め。これが一番安上がり。もう一口、と頬張ろうとした時、こんっ、と扉を小突く音がした。
うちのアパートはチャイムがない。それぐらいぼろいアパートで、だからこそ安上がりで、お金もかからないのだけれど、こういうときは少しだけ不便だ。
はいはーい。
なんて心の中で返事して、ドアの穴から覗き見る。
瞬時にお隣さんの顔が鮮明に思い出された。と、いうのも目の前のこの人はどう見ても、さっき話していたお隣さん。茶髪のショートカットの髪にカジュアルな春の服。苦々しい笑みをこちらに向けている。手にはコンビニのビニール袋。なんだか大荷物だ。
そんな顔して立っていられたらこちらも落ち着かないので、すぐにドアを開けた。
「こんにちは。よかったら一緒に呑まない?」とお隣さん。
「昼間っからですか」
「そういうあなたの手に持っているものは?」
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