贅沢な幸福

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 視線を下に向ければ、カエルラベルのお酒の缶が手に握られていた。  証拠品が目の前にあるのだから言い逃れなんてできない。それにアパートのお隣さんみたいな、友達関係を以前から作りたかった。作らずにここ一年、じぃっと、穴倉に籠るもぐらみたいに息を潜めてしまっていたから、案外良い機会かもしれない。 「いいですよ」  途端に、彼女はずけずけと部屋にあがった。手に提げてた袋は玄関に放り投げられる。中身がごろりと転がるさまは、捨てられたことに絶望感を抱いた人間のよう。その姿にかわいそうになって、かがんで拾ってあげる。  わぁ、すっご。めっちゃきれい、なんてありきたりな感想をお隣さんはする。今さらになってどう呼べばいいか分からない私はしどろもどろになり、目を逸らしてしまった。持っている袋をいじって、中身を吟味する。ビールの缶が数本と、あたりめみたいな本格的なおつまみがたくさん入っている。そのパッケージを見るだけで、よだれが口内を満たす。じゅるり、と効果音を付け加えると、意地汚いので頭の中だけでつける。 「あ、布団だ」  さっき取り込んだ布団が部屋の隅でうずくまっているのを、お隣さんがひっぱってくる。中央に広げて、真っ白な香りをさらす。ふんわりと青色を纏って、安っぽい電気の色を認める。 「飛び込んでいい?」  おちゃめな表情に、 「はい、いいですよ」  と、返せばすぐにもお隣さんは寝っ転がった。私もたまらず、その隣にねころがる。ふんわりとした青空に抱かれている心地がする。体が浮いて、雲に乗っているみたいだ。右に左に体を動かす。すると、太陽の眩しい日差しを受けながら眠っていた、子どものころの思い出がまざまざと蘇る。ごろごろ転がり、シーツを纏い、見て、幽霊と母に見せたあの日を、私は今でも大好きな布団と一緒に思い出せる。やはり干して正解だった。
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