暑い日

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 歩く度に、汗が頬を伝う。  八月、上旬。  本日は今年一の猛暑日です、と画面の向こうのお天気お姉さんも告げていた。高校の補習さえなければ、出歩きはしないのに、と苦虫を噛み潰す。まあ、全ての原因は自らの成績の低下が招いたことなので多くは言えない。 「たーっくん」  瞬間、肩に衝撃が走る。大凡、声の主が体当たりを嗾けてきたのだと予想は出来た。僕は二三歩たたらを踏むと、呆れた声を出す。 「危ないから、止めて」 「その言葉を聞くのは、十三回目だよ」 「じゃあ、そろそろ止めてくれ」 「嫌だよ、これが私の愛情表現だからね」 「迷惑な表現の仕方だな、もう少し安全なものはないのかよ」 「えー……?」  首を傾げる幼馴染に、僕は嘆息する。  僕が小学生の頃に、隣の家に引っ越してきたのが彼女だ。小中高と同じ学校に通っており、腐れ縁と呼んでも差し支えない。きっと今日は、部活の練習で登校しているのだろう。彼女のテストの成績は学年でも上から数えた方が早かったはずだ。間違っても、補習仲間ではない。才色兼備。文武両道。全て完璧な彼女だ。面倒な性格以外は。 「んーと、じゃあ、はい!」 「は……?」 「ん?愛情表現だよ?」 「いや、でもこれって……」  手を繋ぐ。傍から見ればこれは、恋人同士を意味するのでは。 「いやあ、熱いねえ。こんな暑い日に手を繋ぐというのも乙ですなあ」 「いや、ちょっと本当に熱いから止めてくれる?」 「もう、照れちゃって」 「照れてないわ!」  嘘である。顔も掌も全身隈なく、真っ赤である。いくら猛暑日と言えど、言い訳を許されない程の汗が全身から噴き出している。手汗でびっしょりな僕の手を彼女が握っていることが申し訳ない。否、握り始めたのは彼女の方か。 「離せって」 「やだ」  振り払おうとした手を彼女が、ぎゅっと強く握りしめる。 「言ったじゃん。愛情表現だって」  僕を見つめる彼女の瞳は、熱を帯びている。瞳の奥で炎は燃え盛り、僕を焼き尽くそうとする。暑い。熱い。溶けそう。否、溶ける。 「好きなの、君のことが」  繋がれた両の手が熱くて、熱すぎて、どちらが僕と彼女か境目が分からなくなる。一体化して、一人の人間に――、駄目だ、頭が沸騰して、何も考えられなくなってきた。
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