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ホルンは走り出した。足から伝わってくる氷の冷たさのように、不安が立ち上がってくるようだった。小屋には誰もいなかった。大声を出して氷の影を除いて回るが、スイの影はそこにはなかった。
最後の希望を辿るように穴へ戻るが、巡回者がただ一人立っているだけだった。
「穴に落ちたか」
「そんなことはない! だってスイは、穴に落ちたトウェイを待っていたんだ」
「ここの滞在者は君一人だ。モニタにもそう出ている」
手の中の四角い何かを、巡回者はホルンに見せた。
「スイは」
「その滞在者はもうここにはいない。戻ることはないだろう」
引き寄せられるように、ホルンは穴の縁に立った。
湖を吸い込む深い穴。トウェイもスイも飲み込んでしまった。
あと数日もすれば、この穴は音をたてるのをやめる。飲み込む水がなくなるからだ。けれど季節が一巡りすれば、また再び現れる。そしてまた湖を飲み込むのだ。
嫌だった。
ここにはもういたくなかった。
「ソリに乗せて欲しい」
ホルンは巡回者を見上げた。
スイともトウェイとも違う、深く皺の刻まれた額だった。眼窩は深く頭蓋に埋まっているのに、その視線は氷に反射する光のようにホルンの目を刺した。
「巡回者になりたいのか?」
「そうじゃなくて、スイとトウェイを見つけて」
ここに戻りたい。
言えなかった。そんな日は来ないと、ホルンはどこかでわかっていた。スイとトウェイはどこかへ行ってしまったのだ。
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