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「ソリに乗れば巡回者だ。巡回者になったら滞在者には戻れない。そういう決まりだ」
「あなたは滞在者だったの?」
ホルンの問いに男は答えなかった。氷の白い照り返しを受ける肌は灰色の皺を幾筋も浮き立たせるだけで、男の過去を映すことはない。ただ、巡回者になりたいという滞在者の願いを断ったことも、そのソリに乗せたこともあるだろうと、ホルンは思った。
「まあいいさ。ソリに乗れ。俺は構わない」
「わかった」
「本当にいいんだな?」
迷いは許さないと言うように、巡回者が念を押す。迷いがないわけではない。ただ、それは低い水の音とともに穴の底へと少しずつ押し流されていった。
「だってここには」
「まあ、旅立ちには悪くない季節だ」
男はそう言って歩き出した。後を追って、ホルンも駆けるように歩き出す。
水の流れる音が聞こえた。
足を止めて振り向きたくなる衝動に駆られる。けれどホルンは振り向かなかった。
足の下で氷が軋んだ。
星だけの季節と違って、足の下のそれは少し緩んだ音だった。
氷の溶ける季節だからだ。
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