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電車はゆっくりと速度を落としはじめ、最終の駅はもう間も無くだった。
周りの乗客はスマホから顔を上げ始め、俺も付けたままだった右側のイヤフォンを外す。
微かにまだ耳に残るリズムが、また君の事を呼び起こす。
「あ、そうだ。これやる」
電車が停車し、ドアが開く寸前で茅野が右ポケットから何かを取り出した。
「何だよ、買い間違ったのか?」
缶コーヒーが握られていた。
「俺ブラックだめだからさ」
そう云って、他の客にもまれながら車外へと押し出された俺と茅野は、自販機横のゴミ箱の前で立ち止まった。
ガムを包み紙に吐き、丸めて、捨てる。
これでいいんじゃないのか。君への想いも。
そう、自問自答しながら缶コーヒーを開けた。
「うわっ、何だよこれ、砂糖入りじゃん」
「はっはっは! 朝は糖分とって、もうちっと頭動かせ」
「最悪、俺ブラックじゃないと無理だって」
勿体無いけれど、朝からコレは無理だと、ゴミ箱へ手を伸ばした時、
「途中で、捨てんなよ」
「いや。だから俺、無理───」
「一回手つけたんなら、最後まで飲めよ。そのコーヒーも。お前が悩んでる事も。中途半端にすんなよ」
驚いて茅野の方を向くと、切れ長の目が薄っすらと細められていた。人を小馬鹿にしたような、そんな目なのに、核心を突かれたように俺は何も言えなかった。
中途半端なんかじゃない。
そもそも繋がりさえ無いに等しい。
君には君の生活があって、俺には俺の生活があって。そのどちらも大切だから、一番最良の選択をする。
そうして生きて来た。
そして切り捨てたものに未練なんて無かった。
人間なんて忘れやすい生き物で、上書きすればあっという間に別人へと成り替わる。
だけど。
君との繋がりを切ることが。
こんなにも怖くて仕方がない。
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