8人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
本文
「やっべ、右まゆげ流しちゃった」
そのひとことで処置室に緊張が走った。それもとびきりヤな緊張が。
「先生、いまなんて……」
先生は、つられてこっちまで笑っちゃうような満面の苦笑いでこう言った。
「クランケの右まゆげ、流しちゃった」
一瞬の間のあと、僕は小声で詰め寄った。
「だから言ったでしょッ。そんなところにまゆげ置いてたらウッカリ流しちゃうって!」
「だってえ……」
「だってじゃないッ!」
ウチは生体溶剤専門の美容整形クリニックだ。
この薬を打つとなんでも溶ける。皮膚や骨でもぐにゃぐにゃのスライム状になり、形を作り替えられる。また、量を変えれば剥がしたり、新しくつけたりだってできる。
メスを使わないから衛生面にも気を遣わなくていい。痛みがないから麻酔もいらない。手軽だ。でもそのぶん、失敗すると大変な目に遭う。ちょうどいまの先生みたいに。
先生はじっと僕のまゆげをみつめてこう言った。
「こうなったら代わりを使おう」
僕はとっさにまゆげを手で隠す。
「絶対ダメッ。自分の使えばいいじゃないですか!」
「怪しまれるだろ! 処置が終わって、主治医の顔からまゆげが消えてたら変だろう!」
最初のコメントを投稿しよう!