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「---こんな橋はなくていい」 断崖絶壁の向こうで声がした。 深夜の森の中。 虫か鳥かも分からぬ鳴き声以外に、他の音はない。 静かな世界だった。 凍りついた世界であった。 冬。雪景色。白一色の銀世界。 暗黒の夜に包まれた、閉ざされた氷の世界。 「そう、こんな橋はなくていい。---僕たちの間に、こんなものは必要ないはずだ」 森の中に響いた声は己のもの。 目の前には、凍りついた橋があった。 ロープの上に板、その上に藁で土台を作って水をかけ、雪を固め。 凍てつくようなこの寒さで、それを頑強な氷と化して作った、丈夫な『橋』が。 カビ臭い村の書庫で見つけたところ、この橋は古くには「すがばし」と呼ばれていたらしい。 氷橋とかいて「すがばし」と読む。 こんなものは必要ない。 むしろ、こんなものがなければ……! 橋の向こうにいる人物に1つ頷く。 彼女は心得たとばかりに、足元にあったものにマッチで火をつけた。 それはひゅるひゅると音を立てながら、橋のこちら側へと伸びてくる。 僕たちの作った、油のたっぷり滲みた麻縄を通って。 すかさず乾いた藁を投げ込み、その火の勢いをどんどん増していく。 やがて炎は大きく燃え広がり、橋の上で火柱を上げた。 みしりみしりと音を立てて、みるみる氷橋が崩れていく。 やがて轟音とともに残骸と化した橋は落ち、崖の下の濁流へと飲まれて消えた。 「……これでいい」 「これでわたしたちは、ようやく」 -----お互いの憎しみから、解放される。
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