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剣術の心得のない男は、力任せに刀を振り下ろす。
切っ先は、まず花魁の美しい左頬を切り裂き、鎖骨で軌道を変え、乳房を避けるようにして、臍の脇まで達した。
鮮血が飛び散り、朱音は体勢を崩す。
桜の木の根元に刀の鞘が落ちている。
あぁ、そうか、ここに連れて来たのはそういうことでありんすか。
海上の黒船から獣の咆哮にも似た砲撃音が響く。
結髪も重く、海までは首を回せない。
倒れいく朱音は、真上の天空を仰ぎ見るのが精一杯だった。
青空が黒い筋に引き裂かれる。
鳳凰蝶が空から墜ちていく。
黒い筋は広がり、ほどなく地上に降り注いだ。
朱音の身にも。
「どちらも地獄でありんすね」
朱音はこと切れた、馴染みの客が後を追う姿の確認をする暇もなく。
あれから、何日経ったのかは分からなかった。
死んだまま生きる朱音は、腐敗することもなかったからである。
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