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青く揺らめく水の向こうを、銀色の鱗を光らせた魚達の群が飛ぶように泳いでいる。おえんの意識に同化した目玉も泳ぎ出す。魚達と一緒に。泳ぐうちに、いつの間にかおえんの目玉は一匹の小さな魚に姿を変えた。
水はひんやりとして気持ちが良かった。魚になったおえんは、夢中になり、水を切ってあちこちを泳ぎ回った。
無限の彼方に広がる水の世界。前や後ろだけではなく、海はどこまでも深く、下の方にも続いているようだった。泳ぎ回る内におえんは海の底の方へも行ってみたくなった。おえんは、胸びれをぱたぱたと動かして海底へ向かって潜っていく。
沈むにつれて、辺りを暗い闇が覆い始めた。地上の光が届かないのだろう。しかし、濃い闇の中に、微かに光る雪の粒のようなものがチラチラと舞い降りているのが見える。おえんは光の粒に導かれるように、さらに深く深く、泳いでいく。
どれ程潜っただろう。闇の中にぼんやりと光るものが見える。光の粒達はゆらゆらと舞い落ちながら「それ」に吸い寄せられていくようだ。
「それ」は、あの薬売りの亡骸だった。
骨だけになった薬売りの若者は海の底に静かに横たわり、傍らには薬を詰めていた行李がぼろぼろになって転がっている。
男が難所で足を滑らせて海に落ちてしまったという話は本当だったのだろう。おえんは、薬売りの頭の骨の眼窩や肋骨の内側に入りこんだりしながら、彼の周りをしばらく泳ぎ回っていたが、ふと思いついて、魚の小さな口で尖った頬骨に軽く口づけをしてみた。
すると、不思議な事に、薬売りの亡骸を光の粒がたちまち覆い尽くした。光の粒の塊は、ほっそりした骨の上に逞しい肉体の形を作り出す。
薬売りは七十余年ぶりに元の姿を取り戻したのだ。
そして、おえんも今、小魚ではなく、十五の頃の若い娘の姿になって薬売りの前に佇んでいた。暗い海の底、仄かな光に包まれながら二人は見つめ合う。かつて薬売りに恋をしたおえんの気持ちは、今思えば全く一方的なものだった。彼はおえんの事を覚えてもいないだろうと思っていたが、目の前で蘇った薬売りはおえんに対して親しげな微笑みを浮かべている。おえんはそれが嬉しかった。
そのうちに、薬売りもおえんも、気がつけばまた姿を変えていた。二人とも小さな魚だった。薬売りは銀の鱗に覆われた体をくねらせて泳ぎ出す。おえんも薬売りの後を追ってひれを動かす。二匹の魚は、光の粒が舞う海の底で、いつまでも戯れ合うように泡を散らしながら泳ぎ回っていた。
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