一話、 交通事故

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一話、 交通事故

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのを合図に、生徒たちは一斉にはずんだ声を上げながら、下校の準備に取りかかる。  舞阪(まいさか)(みお)もざわめく廊下を駆け抜け、階段を下りると、下駄箱へと向かった。  県立城南高校はテスト週間に入っていて、中間・期末考査の一週間前は、すべてのクラブ活動が休みになるのだ。  澪もいつもならテニス部の部活棟へ向かっているはずだった。テニスは大好きで、学校の授業よりのめり込んでいるくらいだけど、規則なので下校するしかない。  下駄箱で靴を履き替え、いざ帰ろうと外に目を向けた澪だが、目の前の光景にがくりと肩を落としてしまう。昼を過ぎたあたりからパラパラと小雨が降り出していたが、それが今や本格的に降り出している。 「あー、油断するんじゃなかった」  朝もずっしりとした雨雲が垂れ下がっていたが、まだ雨は降っていなかった。少し悩んだものの、荷物になるのが嫌だったので、傘は家に置いてきてしまったのだ。  鞄の中を探ってみるが、こういう時に限って折り畳み傘もない。これからバスと電車を乗り継いで、帰宅しなければならないのに。  家に帰る頃にはずぶ濡れだろう。まったく、今日はついていない。  少し待ってみたが、一向に雨が降り止む気配はなかった。ため息をつくと、澪は意を決して校舎を飛び出した。バスの停留所には屋根がある。そこまでの辛抱だと走ることにした。  五月も半ばに差しかかり、暖かくなってきたものの、雨が降ればまだ肌寒さを感じる頃合いだ。見る間に制服が雨に濡れて、水を吸い込んだ布が肌にはりついてくる。  澪ははやくも憂鬱になった。明日、風邪を引かなければ良いのだけれど。  校門を小走りに通り抜けたその時、一台の軽自動車が滑り込んでくるのが見えた。見慣れたライムグリーンの車に、澪は驚きの声を上げる。 「……お母さん!」 「澪、乗っていきなさい」  運転席の窓から澪の母、亜季(あき)が顔を覗かせる。白いブラウスに濃い灰色のパンツスーツは、彼女のお気に入りの仕事服だ。澪が助手席に座ると、亜季はすぐさま車を走らせた。 「どうしたの? 仕事は?」  澪は濡れた髪や制服をタオルで拭きながら尋ねる。  弁護士事務所で弁護士として働いている亜季は、いつも仕事で忙しく、こんなふうに車で送迎してもらうのは、年に一度、あるかないかのことだった。     
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