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車で家まで送ってもらえるなら、ひどい雨に濡れたままバスや電車に乗らずに済む。さっきまでの憂鬱な気分もどこへやら、澪はすっかり得した気分になっていた。
亜季はいたずらっぽく笑った。
「今日、この近くの依頼者のお宅にお邪魔することがあってね。そしたら予定より早く用事が終わって、ちょっと時間が空いたのよ。もしかしたらって高校の近くを通ったら偶然、澪が出てきたから。雨も降ってることだし、たまには親子のコミュニケーションをとらなきゃって思いついたわけ」
「うわ、メンドくさっ」
澪もおどけて肩をすくめる。とはいえ、母とゆっくり話すのは久しぶりだ。澪も部活や勉強、友達とのSNSでのやり取りに忙しく、ここ最近は家に帰ってもゆっくり話すことが無かった。
澪の母、亜季はいわゆるシングルマザーで、父は澪が子供の頃、事故で亡くなっている。それ以来、亜季と澪は助け合うようにして生きてきた。仲の良い親子で、多少の言い争いはあっても、大きな喧嘩はしたことはない。
それでも最近は二人で話す機会が減ってきたように思う。澪も高校生だし、亜季の仕事も軌道に乗って忙しくなってきた。避けているわけではないけれど、自然とそうなってしまったのだ。
(まあ、たまにはこういうのもいっか。お母さんと話すのも久しぶりだし。中学の時は、よく一緒に買い物に行ったり、映画を見に行ったりしたっけ。田舎の体験牧場へ行って、牛の乳絞りをしたこともあったな……)
思い出に浸る澪だったが、亜季のひと言でそんな呑気な考えはひっくり返ってしまう。
「ところで……進路はもう決めた?」
唐突に切り出す亜季に、澪は面食らってしまう。
「ちょっと……まだ二年の一学期だよ? 授業についていくので精一杯だよ。友達もまだ全然そういう話とかしてないし」
そろそろ進路について考えはじめる時期だが、澪だって自分の将来について、何も考えていないわけじゃない。しかし、こうもあからさまに尻を叩かれるのは、どうにも居心地が悪かった。
亜季はそんな澪の心境を見透かしたように言葉を続ける。
「はやい子は一年の時には決めているものよ。勉強するにも目標が無いんじゃ、効率が悪いでしょう」
「出た! お母さん『効率』とか『効果』とかって言葉、大好きだもんねー?」
澪は皮肉を言って応戦してみたが、亜季はものともしない。
「そういう要領の良さも、社会に出たら求められるのよ。不器用が『天然』で済まされるのは、学生の間だけ」
「そりゃあ、そうかもしれないけどさ~」
澪は座席の上で膝を抱えたまま、唇を尖らせた。
(そんな要領よくやっていけたら、誰も苦労しないよ……)
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