1013人が本棚に入れています
本棚に追加
慌てて離れようとするミカを、しっかりと抱きしめた。
「…君は何も変わらないね」
ミカの髪に顔を埋めて、ケンは大きく深呼吸をした。
ゾワゾワとした嫌悪感が、全身から湧き上がった。
「…やめ…て」
声が震えてるのは、怒りでも恐怖でも無く、ケンに対する嫌悪だと言う事に、自分が気がついて驚いた。
「君に酷いことをしてしまったのは分かってる。彼氏がいることも…でも、僕は君が忘れられないんだ…アメリカを離れてからも、ずっと恋しかった」
ケンは、自分語りを続けた。
再び重ねようとする唇からぎりぎりで逃れた。そしてゆっくりと、強くケンを押し除けた。
「ユカさん…貴方には,あんなしっかりした素敵な奥様と子供が…いる…」
ケンは彼女を選んだ。それなのに何故、今更それを蒸し返す?
「君と彼女は違う…それに…君が僕を振ったんだよ?」
…意味が分からないんだけど?
ケンを振り解き、椅子から勢い良く立ち上がると、キャスターがカラカラと軽い音を立てた。
「君は、僕にとって特別な人なんだよ」
…何を今更…この短小チン●は言ってるの?
シモーネが、ケンをそう呼んでた事を思い出した。
デスクの上の書類を慌てて掻き集めると、PCと一緒に鞄へと乱暴に突っ込んだ。
「僕が馬鹿だった。ずっと後悔してたんだ」
「ええ!あなたは今も、こんな馬鹿げたことをしてる。今度は、奥様まで裏切ろうとしてるの?」
「もう1度…」
それ以上は聞きたく無かった。
「私…この仕事降りるっ!」
ケンの言葉を遮った。
変な時間帯に呼び出されてることは、電話記録やメールでも分かるし、どんなに誤魔化してもケンの立場が危うくなるのは明らかだった。
ケンは慌てるでも無く、ただミカの顔を静かに見ていた。
「君が、そんな事する筈ないよ。そういう人じゃない事は、昔からよく知ってる」
とても落ち着き払った声だった。
この人は、いつもそうだった。
冷静沈着で、全てを見透かした様な眼は、彼の実年齢よりも、経験や場数を踏んでいる様にも見えた。そして、自分が何を考えているのかを他人には余り見せない人だ。
「昔とは違う…私が本当に出来ないかどうか、試して欲しい?」
昔は、そんなケンが知的でとても大人びて見えて好きだった。
…舐められたもんだ。
「君の立場も危うくなるよ?」
ケンの眼は、とても冷ややかだった。
…振られた腹いせ?
そうとしか思えなかった。今時、日本でもこんな仕事の進め方をしたらすぐに問題になるだろう。
…然も脅して来やがった。
「どちらの立場が危うくなるか、貴方が、言うように試してみるわ!」
クライアントという立場を利用すれば、断れないとでも思ってるの?
「…それじゃあ…ね?」
ミカは、そのままケンのオフィスを飛び出した。
最初のコメントを投稿しよう!