瓶の中の飴

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慌てて離れようとするミカを、しっかりと抱きしめた。 「…君は何も変わらないね」 ミカの髪に顔を埋めて、ケンは大きく深呼吸をした。 ゾワゾワとした嫌悪感が、全身から湧き上がった。 「…やめ…て」 声が震えてるのは、怒りでも恐怖でも無く、ケンに対する嫌悪だと言う事に、自分が気がついて驚いた。 「君に酷いことをしてしまったのは分かってる。彼氏がいることも…でも、僕は君が忘れられないんだ…アメリカを離れてからも、ずっと恋しかった」 ケンは、自分語りを続けた。 再び重ねようとする唇からぎりぎりで逃れた。そしてゆっくりと、強くケンを押し除けた。 「ユカさん…貴方には,あんなしっかりした素敵な奥様と子供が…いる…」 ケンは彼女を選んだ。それなのに何故、今更それを蒸し返す? 「君と彼女は違う…それに…君が僕を振ったんだよ?」 …意味が分からないんだけど? ケンを振り解き、椅子から勢い良く立ち上がると、キャスターがカラカラと軽い音を立てた。 「君は、僕にとって特別な人なんだよ」 …何を今更…この短小チン●は言ってるの? シモーネが、ケンをそう呼んでた事を思い出した。 デスクの上の書類を慌てて掻き集めると、PCと一緒に鞄へと乱暴に突っ込んだ。 「僕が馬鹿だった。ずっと後悔してたんだ」 「ええ!あなたは今も、こんな馬鹿げたことをしてる。今度は、奥様まで裏切ろうとしてるの?」 「もう1度…」 それ以上は聞きたく無かった。 「私…この仕事降りるっ!」 ケンの言葉を遮った。 変な時間帯に呼び出されてることは、電話記録やメールでも分かるし、どんなに誤魔化してもケンの立場が危うくなるのは明らかだった。 ケンは慌てるでも無く、ただミカの顔を静かに見ていた。 「君が、そんな事する筈ないよ。そういう人じゃない事は、昔からよく知ってる」 とても落ち着き払った声だった。 この人は、いつもそうだった。 冷静沈着で、全てを見透かした様な眼は、彼の実年齢よりも、経験や場数を踏んでいる様にも見えた。そして、自分が何を考えているのかを他人には余り見せない人だ。 「昔とは違う…私が本当に出来ないかどうか、試して欲しい?」 昔は、そんなケンが知的でとても大人びて見えて好きだった。 …舐められたもんだ。 「君の立場も危うくなるよ?」 ケンの眼は、とても冷ややかだった。 …振られた腹いせ? そうとしか思えなかった。今時、日本でもこんな仕事の進め方をしたらすぐに問題になるだろう。 …然も脅して来やがった。 「どちらの立場が危うくなるか、貴方が、言うように試してみるわ!」 クライアントという立場を利用すれば、断れないとでも思ってるの? 「…それじゃあ…ね?」 ミカは、そのままケンのオフィスを飛び出した。
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