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どうやら、黒猫と言いたかったらしいが、豆に引っ張られて「黒豆」と言ってしまったらしい。楽しそうに話す少年に、なんの根拠もない励ましの「大丈夫」に、心底にあったわずかな生の鼓動が動く。私が死んでしまったら、この猫も道連れになってしまうかもしれない。この少年と猫は私の最後の光になっていた。
『じゃあ、この猫の名前は くろまめ にしようか。引き取ってあげるよ』
『いいの!? じゃあ、おじさんも死なない?』
『うん、きみのおかげでね』
少年の頭を優しく撫でる。この子には、どうかこのまま希望に満ちた人生であってほしいと。
『おじさん珈琲屋さんになるよ』
『じゃあ、ぼく、珈琲が飲めるようになったら、おじさんのところに行くね。この前、おとうさんの珈琲もらったとき苦かったんだ!』
『そうか。 ねぇぼく、ぼくは将来どんな珈琲が飲みたい?』
『うーん……』
少年は上を向き、少し悩んだ後
『元気いっぱいモリモリ珈琲!』と叫んだ。
『おじさんもぼくもみんなが元気になる珈琲だよ!』
そういって少年は「もう帰らないと! おかあさんが心配するから」と、くろまめを私に託し帰って行った。
生きていける中、自ら死に向かう者と、死ぬかもしれない中、必死に生きようとする者。そんな両者に与えられた珈琲屋という光。
『明日からみっちり働いてもらうぞ』
そう言うと、くろまめは死んだフリをした。
『冗談に見えないからやめてくれ』
さっきまで死と向き合っていた私が、死の冗談で笑えるようになっていた。
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