元気いっぱいモリモリ珈琲

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元気いっぱいモリモリ珈琲

 「……フーッ……」  昼と夜の気温差が人々の服装を惑わせる、そんな季節。  仕事帰りの一人の男がジャケットのポケットに手を突っ込み猫背気味になりながら、閉まり切った商店街をとぼとぼと歩く。最近、仕事が上手くいかず意欲も見出せない。というより、もともとこの仕事が好きじゃない。騙し騙しで生活の為に働いているのだけれど、もう限界かもしれない。おまけに最近別れた彼女には二股をかけられていたし。人生上手くいかなすぎて嫌になる、と日々思っているのだが、それらの感情が溜まりに溜まって、今日心の中で爆発し、絶賛鬱中の帰り道というわけだ。 「人が死ぬときって、こんな感じで死んでいくんだろうなぁ……」  別に死にたいわけではないのだが、センチメンタルな心は死について考えてしまう。 「仕事、辞めようかなぁ……」  静まった商店街に呟く小声は、かき消されることもなく自分の耳に突撃する。 「あー」  上を向いて空を見上げたのだが、商店街のアーケードに囲まれ空が見えない。まるで閉鎖された心のよう。アーケードを取っ払ったら星が輝いているのだろうか。  ふと、鼻に珈琲の香りが入ってきた。香りのする方向に顔を向けると、どうやら裏路地にあるみたいだった。いつも通る道なのに、珈琲の香りがしたことはなかったから不思議に思った。いや珈琲の香りすら感じ取れないほど毎日が疲れきっているのかもしれない。早く帰ってご飯食べて寝る、ということしか考えていないからか。  今日はその香りに誘われるがまま裏路地に入り、珈琲屋「くろまめ」の扉を開けた。
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