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「いらっしゃい」
まさに、珈琲屋のマスターというようなおじいさんがいた。白のワイシャツに茶色のベスト、スラックスタイプのチェックズボン。胸元にはエメラルドグリーンのブローチが締められていた。白髪で、丸い眼鏡をかけ、優しい微笑みをしながら、男に話しかける。
「さぁ、そこに腰掛けて」
商店街もしまっているせいか、お客さんは誰もいなかった。マスターに言われるがまま、カウンターに腰をかける。
「お疲れのようだね」
マスターはおしぼりを男に渡しながら、ゆっくり落ち着いた声で話しかける。
「わかりますか?」
「えぇ……職業柄いろんな方を見て来ましたからね」
さすがですね、と声を返そうとしたとき、足元に何かが当たった。
「ミャーオ」
「こらこら、くろまめ。お客さんがビックリしちゃうよ」
真っ黒な猫が、男の足に顔をすり寄せる。
「すみませんね」
「いえ、僕も猫好きですから。お店の名前、この子と同じなんですね」
カウンターから降り、猫の顎下を優しく撫でる。
「そういえば、昔拾った猫も、こんな感じの黒猫だったな……」
「拾ったんですか?」
マスターが珈琲を挽きつつ答える。そういえばまだメニューを頼んでいなかったが、このマスターのオススメを飲んでみたかったからそのまま任せることにした。
「えぇ。公園の隅に、ダンボールに入って置かれていました。ずっと猫を飼いたかったんですけど、でも母が猫アレルギーで飼えなかったんですよね。なのでその猫も公園にいた優しそうな男性に引きとってもらいました。鮮明に覚えていないんですけど、すごく懐かしい気持ちになるんです」
「そうでしたか。実はこのくろまめも捨て猫でね……」
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