1話

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 家に帰ると一匹のカエルがいた。ごく普通のカエルが、ベランダに置いていたあじさいの鉢植えにいたというだけだけれど、こんな街中には珍しいので、わたしは近寄ってのぞきこんだ。大きさは親指より少し大きいくらい。鮮やかな緑色に、目のあたりに入った模様からして、どうもこいつはアマガエルのようだ、と思ったところで、 「やあ、おかえり」 そのカエルは当然のようにわたしに話しかけてきたのだった。 「今しゃべったのは君?」 「もちろん」 「カエルだよね?」 「カエルだよ」 「しゃべるカエル?」 「驚いたかい」 「そりゃあ驚いてるよ」 「そうは見えない」 「どう見えるのさ」 「にやにやしてる」 「そんなはずは」 「いやいや」  でも多少はこの状況が楽しいのも事実だった。退屈な日常には、しゃべるカエルの1匹くらいいたほうがいい。カエルの金の眼もどこか愉快そうだった。 「どうしてカエルがしゃべるのさ」 「ぼくは普通のカエルじゃないからね」 「どんなカエル?」 「さあねえ」  どうも答えは得られないようなので、質問を変えてみる。 「きみは何をしに来たの」 「別に何も」 「たまたま通りかかっただけ?」 「そういうわけじゃないんだけど」 「大地震を食い止めるために地下で戦ったりしないの」 「しない」 「でも普通のカエルじゃないんだね?」 「そう」 「そっか」 「しゃべるカエルが現れたからといって、何か不思議な冒険譚が始まると思ってはいけない。日常というやつはそんなにやわじゃない。  でもきみの退屈な日常に、ささやかな非日常くらいは提供してあげよう」 「それはどうも」 そのときどこかでカラスが一声、カアと鳴いた。カエルはふと顔を上げた。 「おっと、もういかなくちゃ」 「カラスが呼ぶの?」 「カラスは優秀な伝令係だよ」 「ふうん」 「ではこれで失礼しよう」 カエルはぴょんと跳びあがり、あじさいの大きな葉っぱの中に紛れ込んでしまった。 カエルの乗っかっていた葉っぱだけが一枚、静かに揺れていた。
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