2話

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2話

 次の日の朝、鉢植えを見ても、カエルはどこにもいなかった。夢でも見ていたのかしら。最近疲れてたしなあ。なんだか力が抜けてしまって、朝ごはんも食べずにそのまま家を出た。 「おかえり」 家から帰ってベランダをのぞいたわたしは、あの緑色の小さな背中を見つけたのだった。 「ただいま」 「朝ごはんは食べた方がいい」 「なんで知ってるの」 朝は確かにいなかったはずだ。 「そんな顔をしている」 「朝ごはんを食べてない顔?」 「そうそう」 顔を見るだけで何でもわかってしまうらしい。このカエルには嘘がつけないな。 「そういえば」 「なんだい」 「名前はないの?」 「ないよ」 「どうして?」 「さあねえ」 またこれだ。 「じゃあ何て呼べばいい?」 「あまがえる」 「アマガエル?」 「ちがうちがう、あまがえる。ひらがな表記ね」 「しゃべるのにひらがなもカタカナもないでしょ」 確かにカタカナを思い浮かべたけど。 「いいや、ぼくにはわかる」 「ふうん」 どうも言葉を話す動物というのは、呼ばれ方が気になるらしい。 「あまがえる」 「なんだい」 「呼んでみただけ」 わたしはくすくすと笑った。なんてばかげたやりとりだ。しかも蛙と? 「わたしの名前はきかないの」 「名前よりもきみがどんな人間であることのほうがだいじだ」 「そうですか」 わたしのことは「きみ」と呼ぶことに決めたらしい。名前以外で呼ばれるのはあまり好きじゃないのだけど、あまがえるから呼ばれるのは悪い気はしなかった。 きっとひらがな表記だからだろう。 「あまがえる」 「また呼んだだけとか言わないだろうね」 「寒いね」 「確かに冷えてきたねえ」 「上着とってくる」 「うん」 カーディガンを探して引き出しをあさっている時、昨日と同じカラスの声が聞こえた。急いでベランダに出ると、やはりあまがえるは姿を消していた。
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