5章:棒を掲げるブルドッグ

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それから会えなかった時間を埋めるように、お互いの気持ちと体を幾度も確かめ合ったあと――。 再会2日目の夜を迎えた僕たちのところに、早乙女さんから電話がかかってきた。 「ちょっと相楽くん、あれは卑怯じゃないの!?」 相楽さんがスマホを耳元から離し、顔をしかめてみせる。 (早乙女さん、なんか怒ってるみたいだけど……) 僕はドキドキしながら、断片的に漏れ聞こえてくる2人の会話を耳で追った。 「……早乙女さん、なんて言ってたんですか?」 しばらくしてスマホを下ろした相楽さんに聞くと、彼は得意げな笑みを浮かべる。 「壁画、あのまま使うことになったらしい」 「えっ、よかったじゃないですか!」 「だから、明日の落成式までに仕上げに来いってお達しが。それから後付けでいいから、企画書も書いてこいってさ。そしたら企画料とデザイン料を振り込むって」 「ん……? ちょっと、話が……」 ボランティアどころか押しかけ押し売りのあの壁画に、組織委員会がお金を出すということなんだろうか。 どうしてそうなるのか、僕にはさっぱり分からない。 「相楽さん、いったい何をしたんですか」 画材をバッグに詰め込もうとしている、相楽さんの前に回り込んだ。 「何したって……ミズキが仕掛けたことだろ」 「僕が?」 ますます話が分からない。 「俺はミズキがアップした壁画の写真に、競技場のやつを追加しただけだ」 「アップした写真……!?」 慌ててスマホを取り出し、昨日SNSにアップした壁画写真の投稿を見る。 それに競技場の1枚が追加され、丸1日経った今、ものすごい勢いで拡散されていた。 知らない誰かが、ご丁寧にまとめページまで作ってくれている。 「これだけ話題になってる壁画を塗りつぶしたら、組織委員会も世間から無粋だって叩かれるもんな。だったら初めから乗っかっちゃえってことになったわけだ」 「けど、競技場の壁画の写真はいつの間に……」 首をひねってから思い出す。 「そういえば相楽さん、あそこから逃げる時……」 彼は足場から下りたあと、すぐには走りださずに壁画を振り返っていた。 あの緊迫の瞬間に何をのんびりしているのかと思ったけれど、写真を撮ったとしたらそのタイミングしか考えられない。 その証拠に、SNSにアップされている競技場の壁画も、下からのアングルのものだった。 「もしかして、あの時からこうなることを目論んで!」 「当たり前だろ。これでも考えて動いてる」 相楽さんがニヤリと笑い、こめかみを叩いてみせた。
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