3章:ハワイアン・ジントニック

15/23
643人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ
仕方なく視線を外し、窓の外へ目を向ける。 天才ゆえの焦燥感、そんな感じのものがこの人にはあるのかもしれない。 僕は天才ではないけれど、進学も就職も人より遅れていたせいで、かなりの焦燥感と、それに比例した諦めをもって生きてきた。 諦めがなければ、きっと焦燥感は募る一方だ。 良くも悪くも実力と自信のある相楽さんは、焦燥感を諦めという形で消化することができないんだろう。 そうだとして、その焦燥感の原因はどこにあるのか。 それが単なる漠然としたものではない気がして……。 僕は生活感のない薄紫色の壁に視線をさまよわせた。 * ハワイ2日目はダイヤモンドヘッドに登り、午後はサンセットクルーズへ。 そして3日目。 現地の美術館、博物館を巡り、宿泊先のコンドミニアムにやってきた。 結局あれから、相楽さんと込み入った話はできていない。 ツアー中も元気な相楽さんと後ろからついていくだけの僕とでは、精神的にも物理的にも距離ができていた。 コンドミニアムの広々としたリビングで今、相楽さんはサッカー中継に興じている。 家なら彼の座るソファの隣は空いているのに、そこは事務所の仲間で埋まっていた。 僕は後ろのカウンターキッチンで飲み物を飲みながら、彼らの姿を遠巻きに見る。 大型テレビの中でサッカー選手がシュートを決め、リビングがテレビの向こうのサッカー場と一体化した。 歓声を上げる相楽さんの後ろ姿に目が行く。 両腕を上げ喜びを体全体で示しているけれど、その内面には何が隠されているのか。 何も残せずに死ぬのが怖い――そう言っていた2日前の彼が、脳裏に焼き付いて離れなかった。 早口にまくし立てる中継の音声を聞きながら、落ち着かない気分になる。 (他の部屋に行こう) 僕は飲みかけのグラスを手に、みんなのいるリビングをあとにした。 誰もいない寝室に入り、床に並んでいる荷物から自分のバッグを探し出す。 今夜は同じコンドミニアム内にあるいくつかの寝室を使って寝ることになっていて、部屋割りは特に決まっていなかった。 それより明日には帰国便に乗ることを思うと、帰ってからの仕事のことが気になり始める。 僕はノートPCを出し、仕事のメールを確認することにした。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!