5章:棒を掲げるブルドッグ

7/15
551人が本棚に入れています
本棚に追加
/119ページ
「ところでミズキ……今はどこの事務所にいんの?」 ハケを動かしながら、相楽さんが聞いてきた。 何気なくも聞こえたけれど、それはきっと彼が気になっていたことなんだと直感する。 「どこって、僕の事務所はテンクーデザインだけですけど」 こっちも何気なく、さらりと返してやる。 「はあっ!? お前な、俺がどんな思いでお前を手放してやったと思ってんだ!」 彼の怒った顔を見て、なんだか胸がすっとした。 僕は手を動かしながら続ける。 「黙って置いていけば、僕があなたのこと諦めるとでも思ったんですか。ちゃんと責任取ってください。半年前にも言った通り、僕はもうあなたの色に染められてるんですから」 相楽さんはため息交じりに言う。 「加勢井先生のところでも橘さんのところでも、好きなとこ行けばよかったのに……ホント馬鹿だよな。俺にこだわったって何もない。今はボランティアどころか、頼まれてもいねえ押し売りの壁画制作くらいしか……」 ブツブツ言っている拗ねた横顔を見て、胸が甘く締めつけられた。 「それでもいいんです。あなたのそばにいられれば……」 そこで向こうから、廊下を走る足音が聞こえてきた。 「……!」 足音はひとつじゃない。 おそらく2人か3人。 無断での壁画制作が警備にバレたとみて間違いなさそうだ。 「相楽さん!」 「ああ、おいでなすったみたいだな!」 壁画は完成間近といったところだけれど、相楽さんはまだ筆を置いていない。 「どうします?」 「逃げるしかないだろ!」 ふたり転がるようにして、足場から下りた。 「多分、僕が来た駐車場の出入り口からなら――…」 そちらへ誘導しようとして、彼が付いてきていないことに気づく。 「ちょっと、何やってるんですか! 本気で捕まりますよ!?」 「悪い、いま行く!」 壁画の下に立ち止まっていた相楽さんが、ようやく僕を追いかけてきた。 その間にも、向こうから来る足音は近づいている。 「おい、いないぞ!」 「そっちだ!」 緊迫感たっぷりの声が追いかけてきた。 まるでアクション映画のワンシーンだ。 高い天井に響く声と、迫る足音を聞き、そんなことを考える。 「俺はともかく、ミズキを警察に行かせるのは本意じゃないしな!」 追いついてきた相楽さんが、僕の腕を力強く引き寄せた。 相楽さんの方が足は速い。 それから僕らは、手に手を取り合って駆け続けた――。 *
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!