第63話 宇宙の色

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第63話 宇宙の色

 ピカピカ光るその色は、宇宙からのメッセージ。  宇宙の宝石。  時の鋭角からやってくる。  果てなき狩人。  青い毒をしたたらせながら、すべての時へ旅をする。  丸は嫌い。直線が好き。  するどい角度は、次元の扉。  * 「……遺跡だと言いましたよね?」  目の前に広がるのは、背の高いヤシの木のあいまに、青々とつらなる棚田。  まるで天空へと通じる緑の階段のように幻想的な景色だ。  テガララン・ライステラス。  バリ島の中部にあるウブドから北に八キロほどの場所にある観光地である。  棚田は日本にもあるが、あいだにヤシの木が点在するだけで、こんなにもエキゾチックになるとは思わなかった。  しかし、龍郎たちはわざわざ観光のためにインドネシアまで来たわけではない。  かつての教え子から地元で遺跡が見つかったという手紙が届いた、と知りあいの考古学者、穂村(ほむら)が言うから、その調査のためにやってきたのだ。  遺跡がクトゥルフの邪神に関連あるものでないかと期待して。  しかし、目的地へと向かうワゴン車のなかで、手紙のぬしから語られたのは予想外の言葉だった。  ちなみに、手紙のぬしは、龍郎たちの乗るワゴン車のドライバーである、アグン・アルヨ・オーガスタス。  龍郎の母校の二年先輩だ。と言っても、アグンは一年間の交換留学生で、龍郎は学生時代、ちょくせつ彼と話したことはなかった。  ジャワ人だが母親が日本人なので、春崎英雄(はるさきひでお)という日本名も持っている。春崎はお母さんの姓。英雄はジャワ名のアルヨの意味が、サンスクリット語で英雄を意味するからだ。フルネームだと、偉大なる英雄のオーガスタスとなる。オーガスタスは八月生まれだからだ。  ジャワ人には名字に該当するものがないのだと、現地に来て龍郎は初めて知った。 「今、アグンさん、なんて言いましたか? 隕石って言いませんでしたか?」 「ひでおでいいよ。日本語、日本人、なつかしいですね」  ありがたいことに、ハーフなので日本語もペラペラだ。 「じゃあ、遠慮なく、英雄さんと呼ばせてもらいます。今、いんせきと言いましたよね? いせきじゃなく」 「はい。言いましたよ。隕石。宇宙から来た石ですね」  龍郎は助手席に座る穂村を、バックシートから無言でにらんだ。穂村は寝たふりをしている。  ワゴン車のなかには、一行をデンパサール国際空港まで迎えに来てくれた前述のアグン、龍郎の母校の准教授の穂村のほか、龍郎の雇いぬしであり恋人でもある八重咲青蘭(やえざきせいら)、青蘭のいとこの遊佐清美(ゆさきよみ)、そして、フレデリック神父がいる。  今回、この旅をするにあたって、神父の同行をどうしても断れない理由があった。  先日、ベルサイユ宮殿から魔界へつれていかれ、無事に現実世界へ戻ったものの、そこは日本だった。つまり、パスポートをパリのホテルに置きっぱなしだったのだ。  国際警察だかなんだかの特権を持つ神父が、龍郎と青蘭のパスポートを届けに日本までやってきてくれた。いや、正確にはこっちからお願いした。だから、バリまでついていくと言われれば断れるはずもなかったのだ。  神父は青蘭に気があるようだし、龍郎としては、あまりそばにいてほしくない人物の一人なのだが。  とにかく、大所帯になってしまった。送迎が大型のワゴン車で助かった。 「隕石です。とてもとても珍しい石ですね。インドネシア大学のえらい先生来て、半分、持って帰りました」 「珍しい隕石をひろったから、穂村先生に手紙を送ったんですか?」 「ヤ! 先生、石好きでしょう?」 「穂村先生が好きなのは隕石じゃなくて、遺跡の出土品の石斧とか、石器だと思うけど」 「パガプントゥン(ごめんなさい)。勘違いでした。でも、歓迎します」  なんだか、だまされたような気もするが、穂村は遺跡と隕石をまちがえるような語学力ではないはずだ。わざと言いかえたのである。もしかしたら、遺跡と同ていど、その隕石に興味があるのだろうか? 「僕、どっちでもいいよ。龍郎さんといっしょなら、どこでもいい」  幸い、青蘭はご機嫌だ。車内でも、ずっと龍郎にくっついている。  しかし、清美は不機嫌だ。バリに行くと言ったとき、「ええー! またお留守番ですか? ひどくないですか? キヨミン、泣きますよ?」と文句たらたらだったので、しかたなくつれてきたというのにだ。 「ああっ! ライステラスが遠いですよ? 近くで見ないんですか? ウブド王宮は? モンキー・フォレストは? ここまで来たのに、なんにも見ないで通りすぎるなんて! ゴアガジャも行きたいですよぉ!」  清美はガイドブックを丸暗記しているふうだ。飛行機のなかで、ずっと凝視していたから、暗記もするだろう。 「パガプントゥン。観光は明日ですね。今日は日が暮れます。急いで帰りましょう」  たしかに、国際空港近くのホテルを出立したのが十六時すぎだ。ここまで車で一時間半かかっているから、あたりは日没前の黄金色に染まっている。 「心配しないでください。ここから、わが家まで三十分ほどですね。明日は朝から出かければ、たくさん、たくさん観光できますよ」  アグンに言われて、清美はニヤけた。  ジャワ人は相手を思いやる気持ちが強いので、人あたりがやわらかい。清美は優しいイケメンに弱いのだ。 「え、えーと。マトゥール・ヌーン……でいいのかな? ありがとうって」 「サミサミ」  清美が赤くなってだまったので車内は静かになった。  ワゴン車は深い森に吸いこまれるように車道をすべる。  龍郎のバリ島のイメージは青い海の南国だったが、こういうのも悪くない。山育ちなので落ちついた。 「英雄さん。その隕石って見せてもらえるんですか?」 「いいですよ。でも、ひろったのは私じゃないですね。姉の夫のヌルワンです。今夜は家族で歓迎しますので、ヌルワンから詳しい話、聞けると思うですね」  龍郎は隕石にはさほど関心はなかった。このときは。  だが、この隕石がとんでもない代物だと、のちに発覚する……。
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