第15話 空家の怪

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「清美さん! 何するんだッ?」  清美は目をギラギラ輝かせて両手をつきだしてくる。  やっぱり、ふつうじゃない。  まるで何かに取り憑かれているかのようだ。  龍郎は清美の両手を手首でつかんで、攻撃をとどめる。ものすごい力だ。龍郎の力に女の細腕で拮抗(きっこう)している。とがった爪が龍郎の目を狙う。 「清美さん! やめてくれ!」 「よくも……わたしは…………のに……」 「清美さん!」  清美がまともじゃない。  何かにあやつられている。  このままでは目をつぶされる。  だが、清美の腕力を押さえこめない。  そのとき、龍郎は思いついた。  清美はショゴスを持っている。亡くなった叔父の形見の品だ。肌身離さず御守りがわりにしているのだ。今も所持しているに違いない。 (ショゴスがおれの命令に従うか?)  思案している猶予はない。  龍郎は叫んだ。 「ショゴスに命ずる! 清美さんの両手足の自由を束縛しろ!」  清美のパジャマのポケットから、ズルンと毛布のように巨大なドロドロしたものがとびだした。緑色のスライムだが、ときおり、ふとした瞬間に人形(ひとがた)になる。ショゴスだ。  ショゴスはズルッと紐状にひろがると、清美の肩から下を自分の体でグルグル巻きにした。 (あれ? 言うこと聞いたぞ)  とにかく、チャンスだ。  龍郎は清美をそこに寝かせた。清美は何かブツブツとつぶやいている。「あれが憎い」とか、「祟ってやる」などと言っている。どうやら、清美はこの家に巣食う悪魔に取り憑かれているようだ。 「おい、おまえ。名前はなんていうんだ?」 「…………殺してやる」  ダメだ。話にならない。会話はできない。  懐中電灯をひろうと、清美を縁側に転がしたまま、悪魔の本体を探しまわった。  あの音が強まっている。  カタカタ……カタタ……カタ、カタ、カタン——!  聴覚をとぎすまして、音源をたどっていく。  広間のなかではない。続きの間も違う。廊下に出ると、書斎にむかうほうから音が聞こえる。 (書斎? いや、違う。もっと近い……)  わかった。床の間だ。あの床の間のある六畳の和室から音がする。  龍郎は勢いよく(ふすま)をあけた。室内は無人。懐中電灯で床の間を照らすが、異変はない。床の間のとなりの違い棚も静かに(ほこり)をかぶっているだけだ。  だが、音はする。  カタカタ。カタカタ。硬質なものどうしが、振動でふれあう音だ。  龍郎は部屋中を見まわした。  そして、奇妙なことに気づく。  部屋のすみに意匠の美しい古い和箪笥(わだんす)がある。その一番下のひきだしだけ、引き手の金具が揺れている。とくに風もないし、地震が起こっているわけでもない。それなのに、一番下の金具だけが、カタカタ、カタカタ、音を立てて揺れ動いている。他のひきだしの金具は微動もしていないのに。  龍郎が箪笥の前に立つと、金具はさらに激しく鳴った。  なんだか、このなかから異様な気配がする……。  思いきって、金具に手をかけた。なかのものが歓喜するような力の流動が、金具を通して感じられた。ぐッと両手に力をこめて、ひきだしをあける。  すうっと引きだすと—— 「刀だ……」  禍々しい。  邪気をはらんだ日本刀が一振り。  (さや)をはらうと、懐中電灯の薄暗い光のなかでさえ、美しい刃文がヒヤリと冷気をまとって輝く。乱れ刃。片落(かたお)()()のようだ。備前長船景光(びぜんおさふねかげみつ)か。あるいは、兼光(かねみつ)。  景光は龍郎の実家にも、先祖の遺した名刀として伝わっている。が、これは、どこか違った。  名は知れないが、まぎれもない妖刀だ。邪悪な気が刀身からあふれて視覚化されている。  これだ。まちがいなく、この家の怪異は、この刀のせいで起こっている。  足音が近づいてきた。  龍郎がふりかえると、あけっぱなしにした襖のすきまから、男が覗いていた。(かみしも)(はかま)姿の武士だ。だが、目つきがおかしい。 「お清はどこだ?」  そう言うと、龍郎の手から妖刀を奪おうとした。  とっさに龍郎は、右手で男の顔をつかんだ。男は叫び声をあげた。ひるんだすきに妖刀をふるう。肩から袈裟懸(けさが)けにふりおろすと、男の姿は消えた。  すると、いつのまにか廊下に清美が正座していた。涙を流している。 「清美さん?」 「ありがとうございます。これで思い残すことはございません」  廊下に頭がつくほど深くおじぎをし、清美はそのまま失神する。憑いていたものが去ったらしい。  家のなかの気配も感じられなくなった。  *  翌日。  ようすを見にきた三宮を問いつめた。  彼が白状したところによると、ここは昔、罪人の首をはねていた武士の家だったらしい。人の首をはね続けていた男は、あるとき急に気が狂い、妻を殺して自害したのだという。 「……すいません。やっぱり、この家、買いませんよね?」 三宮は泣きそうだ。 「買いません!」と、清美は即座に返答した。が、龍郎の考えは違う。 「なら、おれが買うよ。二百万だろ? トイレはリフォームしないとなぁ。水洗にしないと」 「えッ? 買うんですか? いいんですか?」 「ここなら三人でも暮らせるし、車も置けるし、多少さわいでも、まわりに迷惑かからないのもいいね」  じっさいには、すでに悪魔がいなくなったから、家のなかで奇怪なことは二度と起こらないだろう。でも、それを言うと資産価値が上がってしまう。今なら、二百万。お買い得ではないかと思う。この敷地の広さなら、土地代だけでも、そのくらいはする。 「ええッ? 三人って、わたしも住むんですか?」 「いやなら、清美さんは、おれが借りてるアパートに残りなよ」 「うーん。そう言われると、さみしいような」 「じゃあ、いっしょに住もう」 「はい」  清美は昨夜のことを覚えているのだろうか? 自分が悪魔に取り憑かれていたときのことを? (青蘭も自分のなかに魔王を飼ってる。青蘭と清美さんは従兄妹だ。もしかしたら、憑依体質の家系なのかもしれない。たぶん、清美さんの能力は、それに関係してるんだ)  そんなことを思案しながら、アパートに戻った。  玄関のドアをひらくと、青蘭が布団のなかで泣いていた。帰ってきた龍郎たちを見て、青蘭はあわてふためく。しかし、ごまかしようはなかった。清美のダンボールがあれもこれも開けられて、今しもそのなかの一冊を読みながら、青蘭は涙を流しているのだ。 「……青蘭、もしかして、それが読みたくて留守番したの?」 「違いますよ……」 「じゃあ、なんで泣いてるのかな?」 「だって、僕に似た子は、みんな最後には不幸になるんだ。死んだり、好きな人と別れたり、捨てられたり……」 「おれは捨てないよ?」 「うん」  まったく、いつも、とびっきりにキュート。青蘭は龍郎の心を射抜く天才だ。 「さあ、おれたちの新しい家が決まったよ。ちょっとリフォームが必要だけど、静かで、いい家だ」  引っ越しは、もう少しさきになるだろう。  了
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