第14話 終末の音

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 大金の入ったキャリーケースをゴロゴロひきずって、青蘭がやってきたのはホストクラブだ。  そう言えば、以前、ホストクラブへ行きたいと言っていた。なぜ、こんなところに来たがるのか、さっぱりわからない。  まだ午後の四時すぎだが、歓楽街を歩きまわると、いちおう開店中の店はあった。地方都市なので、そう大きな店ではない。けばけばしいネオンはまだ点灯していないため、はきだまりのゴミ屋敷にしか見えない。路地には汚物が散乱し、酔っぱらいが寝そべり、カラスが飛びまわっている。 「待って。待って。青蘭。おまえさ。これまでも一人で、こんなとこに来てたの? 危ないだろ? さらわれるぞ?」 「なんで龍郎さん、ついてきたの?」 「なんでって、心配だからだよ」 「なんで?」 「いや、だから心配だから——」 「嘘つき!」  出た! 青蘭の嘘つき攻撃!  龍郎は頭をかかえた。 「なんでだよ。嘘なんかついてないだろ? ああ、もう、聞いてないな。青蘭。一人で入るなって」  ホストクラブの看板を見て、青蘭は薄暗い店内に入っていく。 「いらっしゃーい」  なかから男の声がした。  まあ、ホストクラブだ。男はいるだろう。  玄関から細い廊下を通って行く隠れ家風の造りの店内。テーブル席は八つほど。カウンターにバーテンらしい男と、数人の若い男がたむろしている。よく見ると、そんなに若くない男もいる。みんな、スーツと髪型は派手だが、肌は荒れているし、顔立ちも十人並みだ。都会のホストのように整形にお金をかけていないのだろう。  フロアマネージャーらしい年長の男が、笑顔で声をかけてくる。 「いらっしゃい。今日イチのお客さんだね。今なら誰でもご指名できるよ」 「今日は貸し切りにして」と、青蘭は答えた。  フロアマネージャーがそれに対して口をひらいて何か言いかけた。が、青蘭がテーブルの上にキャリーケースを載せ、ロックを外して蓋をひらくのを見て、硬直して黙りこんだ。ムリもない。なかには新札で五千万がみっちり収まっている。 「誰でもいいよ。僕のイライラを止めてくれたら、チップをやるよ」  龍郎はめまいをおぼえた。  まさか、青蘭が札びらを切って遊ぶタイプだったとは。 「青蘭。ちょっと……」  ひきとめようとしたが、そのときにはもう札束を二つ三つとって、青蘭はそれを空中になげていた。帯が切れて、万札がヒラヒラ舞いあがる。 「ほーら。ひろえ。僕の犬ども!」  わあッと男たちが寄り集まってくる。  とたんに、あたりは戦場だ。  男たちは仲間をつきとばして、がむしゃらに金を奪いあっている。  青蘭はそれを見て笑った。 「いいね。いい。その感じ、好きだよ」  そう言って、また一つ札束の帯をとき、男たちの頭上にほうりなげた。  龍郎はめまいを通りこして頭痛を感じる。 「青蘭……」 「何?」 「…………」  じっと見つめるが、青蘭は自分がヒドイことをしているという意識は皆無のようだ。以前から思ってはいたが、青蘭はこのまま年をとると、いつか絶対、誰かに殺されてしまう。こんな他人に恨みを買うような生きかたをしていたら。 「シャンパンタワー作ってよ。僕は飲まないけど。心配しなくても、そっちの支払いはカードでするよ」と、ここまでは、まだいい。  そのあと、バラまかれた金をひろいおえたホストたちが、青蘭をかこんで、やたらとオベッカを使い始める。  青蘭はそれをいいことに、好き勝手な要望をする。札束で相手の頰をたたきながら、「犬になれ!」とか、平気で言うのだ。それも、わざわざ事前に「この店のナンバーワンって誰? あっそう。おまえなんだ。じゃあ、おまえ、犬になれ」と、ホスト間の序列を乱して笑い者にすることに、屈折した喜びを見いだしている。  目の前で四つんばいになったホストの背中を足げにして喜ぶ青蘭を見ると、龍郎は胸が痛んだ。 「鎖ないの? 首輪は? そのへんのペットショップで買ってきてよ。ほら、お駄賃」  言いながら、札束を一つ青蘭がかかげると、となりにいた一番若そうな男が、青蘭の手に熱烈なキスをしながら、それをむしりとった。 「行ってきます!」 「五分で帰ってこないと、その首輪、おまえにつけることになるから」 「五分はムリっすよ?」 「こいつに首輪、つけたくないの? いつもイジメられてないの?」 「紅星《こうせい)さんは、いい人っすよ」 「もういい! 他のやつに行かせるから。じゃあ、おまえも犬ね。みんな、そいつ、僕の前にひざまずかせて。チップはまだまだあるから」  札束をなげる青蘭を見て、龍郎は我慢の限界に達した。もう見ていられない。  かばいあう先輩後輩を金の力で屈服させようとする青蘭は醜悪だ。悪いことに、青蘭は見ためが魅力的だから、ホストたちが我さきに気に入られようとチヤホヤする。それがますます青蘭を増長させている。完全にスポイルされたワガママな子どもだ。  両手両足を床について犬のマネをさせられたホストの頭から、今しもシャンパンを浴びせて笑う青蘭を、龍郎は両肩をつかんでひきよせた。 「青蘭。いいかげんにしろ」  かるく頰をぶつ。  青蘭は涙をためて、龍郎を見返してきた。 「何が悪いの? これが金の力だよ。みんな同じだよ。みんな、僕のお金が目当てなんでしょ? だから僕は自分の力を有効に使ってるだけ」  ワイワイ騒いで、はやしたてていたホストたちが、龍郎を止めに入る。 「ままま、お客さん。いいじゃないの。堅苦しいこと言わないでさ。ねえ、青蘭。おれたち、青蘭が楽しんでくれるんなら、なんだってするよ」  そうだ、そうだと青蘭の肩を抱いて引き離そうとするので、龍郎は叫んだ。 「外野はだまってろ!」  そして、青蘭の金の力を借用する。 「おまえらは、これでもひろってろ!」  札束をいくつか天井高くなげあげると、盛大に札が舞った。わあわあと、みんながひろっているすきに、龍郎はうるんだ青蘭の瞳をのぞきこんだ。 「悲しいことばっか言うなよ。青蘭」 「龍郎さんだって、僕が給料をあげてるから、そばにいるんでしょ? わかってるんだ」 「おれは、おまえが無一文になったって、ずっとそばにいるよ!」 「嘘ばっかり……」 「なんで、嘘だと思うの?」 「だって……」  じわじわとにじんできた涙が、青蘭の白い頰を、すっとすべりおちる。 「だって……龍郎さんは僕より清美が大事なんでしょ? 僕の手をふりほどいて、清美を助けに行った」  龍郎は愕然とする。 「……どこで?」 「あのとき。遊園地で……」  この前、清美の実家の近くの遊園地で、クトゥルフの邪神に襲われたときのことか。  たしかに、あのとき、龍郎は青蘭の手をふりきって、清美を助けにいった。でも、それは、狙われていたのが清美だったからだ。青蘭の身は安全だったからである。決して青蘭を見すてようとしたわけじゃない。 「……だから、ずっと不機嫌だったの?」 「龍郎さんは嘘つきだ。ほんとは僕より清美のほうが——」  そのさきを聞く必要はない。  龍郎は青蘭の頰を両手で包み、くちづけで言葉をふさいだ。
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