第15話 空家の怪

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 見れば見るほど、美しい日本家屋だ。  飴色に輝く廊下や縁側。檜の柱。太くてまっすぐな梁。畳は少し日に焼けていたが、どこか懐かしいような香りがする。家具も昔のままのものが残っていた。部屋数も充分だ。  得意げに三宮が言う。 「じつはこの家、売りに出てるんですよ。持ちぬしさんが遠くにいて、もう住まないからって。二百万。格安でしょ? 敷地もこれだけあって二百万。リフォームする必要もないくらい状態もいいしね。月々三万のローン組んでも、六年ほどで完済できるんですよ?」  広い屋敷だから維持費はかかりそうだが、格安なのは事実だ。むしろ、異様に安すぎる。  それに、家に入ると、さっきから感じる気配が強くなった。これは、いつものアレではないだろうか? (悪魔……か? 困ったな。青蘭がいないのに)  龍郎はこの家を購入することには、むろんのこと反対だった。しかし、清美はすっかり乗り気である。 「決めました! ここにします!」 「じゃあ、すぐ会社に戻って契約しましょう!」 「そうしましょう!」  三宮と抱きあいそうな勢いで即決だ。  龍郎は口をはさんだ。 「ちょっと待ってよ。清美さん。たしかに格安だけど、二百万は庶民にとって決して安い買い物じゃないよ」 「うん。まあ、そうですね。でも……」  今度は、三宮に声をかける。 「三宮さん。契約する前に、一晩、ここで泊めてもらうわけにはいきませんか? それでよければ決めます」  とたんに、三宮は渋い顔をした。 「ええ……でも、ガスや電気や水道が止まってますのでね。泊まると言われても……」 「もう真冬ってほどじゃないから、凍え死ぬほど寒くはないし、一晩くらい風呂に入らなくてもかまいません。飲み水はペットボトル持ちこむから。電気は懐中電灯や災害時用のランプでも持ってきます」 「そうは言われても会社の決まりがねぇ」 「じゃあ、いいですよ。よその不動産屋で、もっといい物件がないか探すから」  すると、とたんに三宮はあわてた。 「いやいや、わかりました! 特別に一晩だけ、いいことにします」 「じゃあ、ここの鍵、預かってもいいですか? 荷物を持って出なおしてくるので」 「わっかりました! でも、そのかわり、火は厳禁ですよ? 家のなかを汚したり壊したりしたら弁償してもらいますからね?」 「いいですよ」  というわけで、今夜はそこに泊まることになった。三宮とはその場で別れて、龍郎と清美はアパートへいったん帰る。 「ただいま」と言って玄関をあけたとき、なぜか青蘭はあわてて、龍郎の布団のなかにもぐった。ベッドの上だけがダンボールを遠ざける聖地として、まだ生きのびていたからだというのはわかる。しかし、ようすがおかしい。 「青蘭。どうしたの? なんかあったのか?」 「別に……」  布団のなかから、モゾモゾと返事がある。 「青蘭。ぐあい悪いのかな? おれ、今日、清美さんと空き家に泊まる事になったけど、青蘭、留守番してるか?」  青蘭はピョコンと、目元だけ布団から出してきた。 「二人で? なんで?」 「なんか変な気配があるんだよ。あの空き家。それに不動産屋の態度も怪しい。事故物件なんじゃないかなぁ? 悪魔がいる気がする」 「悪魔退治か……」  青蘭は起きあがり、布団の上にひざ立ちになると、いきなり、龍郎に抱きついてきた。 「わッ。何? 青蘭?」 「じっとして」  そう言って、青蘭は龍郎の首すじに顔をうずめると、くんくんと匂いをかぎだした。  龍郎は気が気じゃない。  好きな人に匂いチェックされるというのは、なかなか緊張するものだ。 (おれ、今日、汗かいてないよな? 大丈夫だよな?)  ドキドキしていると、しばらくして、青蘭は満足そうに離れていった。 「な、なんだったのかな?」 「中級の悪魔です。たぶん、怒りの悪魔かな。あなただけでも倒せますよ」 「えッ? それって、おれたちだけで行けってこと?」 「僕、真っ暗な空き家でなんて寝れない……」 「うん。そうだよな。わかった。じゃあ、行ってくる。一人でさみしくない?」 「我慢する」  青蘭は妙に甘ったるい瞳で、下から龍郎をのぞきこんでくる。と思うと、やわらかな唇が吸いついてきた。口唇をはさまれると、もう夢見心地になる。  キャンディーより甘い感触をたっぷり堪能したあと、青蘭はささやいた。 「清美と浮気しちゃ、イヤだよ?」 「しないよ。おまえがいるのに」  ふと視線を感じて、龍郎は我に返った。顔をあげると、清美がスマートフォンのカメラをこっちに向けて、どうやら動画を撮影しているようだ。 「清美さん! なに撮ってるんだ!」 「ゴチになります! ありがとう。ありがとう。ありがとうっ」  清美はスマホをにぎりしめて外へとびだしていった。たぶん、とりあげられると思ったのだろう。 「まったくもう……」  同居人の個性が強すぎる。  しかし、疲弊した気分も、青蘭の笑顔を見れば一瞬で霧散した。 「行ってらっしゃい。龍郎さん。がんばってね」 「うん。行ってくるよ」  ニヤけながら手をふった。  油断した罰だったのだろうか?  空き家の一夜は、なかなかハードなものとなった。
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