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電話後の冷えた飯を食べていた時も、学校の彼女の花瓶の置かれた席を眺めていた時も、葬式の時も、何も考える事が出来なかった。彼女に別れの言葉をかけてあげることすら出来なかった。
ただただ、目頭の熱さと共に涙がボロボロと情けなく溢れてしまうだけ。こんなにも悔しい事があろうか。こんなにも虚しいことがあろうか。拳をグッと握り締めても、ただ行き場のない怒りが増すだけだった。
そしてこの故郷を離れるのが恐ろしくなってしまったのだ。彼女との、カオリとの残された繋がりは色の無く寂れた、何もないこの故郷だけだから。ここを離れたら何が残ると言うのだろう。だから私は〝都会への決意〟を捨てる決意をした。女々しいのは分かる。今考えても馬鹿げてると思う。だがこの時の私は少なくとも正気ではなかった。自分を保てるなにか希望になるものが欲しかったのだろう。
そんなもの在りはしないのに。
そんな私が正気に戻ったのは、あの日。一月二十三日、午前五時四十五分。
私はバス停に居た。ベンチに腰掛けて。確か酷く寒い日だったと思う。息を吐くと真っ白で密な湯気がもわっと昇っていたから。右横をなんとなく見る。いつも隣に座っていた彼女はもういない。そんなこと分かっているつもりでも、ついついやってしまうのは何故なのか。考えるのは嫌になったが、考える人のように頭を拳に当てて溜息をはぁと吐く。
「ねぇ」
今度は彼女の幻聴か。そろそろ私も壊れてきたかと思ったが、どうやらそうではなかった。
「ねぇってば」
「え」
「返事くらいしなさいよ、馬鹿」
隣に彼女がいた。
また彼女を目の当たりにして、私は嬉しさで涙が溢れるとかそんなことよりも、〝何故ここにいるのか〟といった驚きで言葉を失った。
「‥なんで」
「なんでじゃないよ、ろくに成仏もできやしない」
〝幽霊になって化けて出た〟それにももちろん驚いたが、あの彼女が珍しく怒っていた。
眉間に皺を寄せ、小さな拳をキュッと握り締めて。
「今日大学の推薦、取り下げに行くつもりでしょ」
「…」
「そんなことしたら一生呪ってやるから」
怒りの表情を保ったまま、彼女の両目から大きな涙の粒が絶え間なく溢れてくる。落ちた雫はどこにも当たらず、そのまま地面の向こう側に吸い込まれていった。
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