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「今日寒いね」
「夜、雪が降るってさ」
「へぇー、じゃあさらに冷え込むなぁ」
彼女は『羊の毛で作りました』といったようなモコモコの手袋で口元を覆うと、はぁっとゆっくり息を吐く。指の間から湯気が漏れて、微かに昇ると静かに消えていった。
今は高校近くのバス停のベンチに二人で座り、バスが現れるその時を待っている。バス停といっても、時刻表が立っているだけの質素なものではなく、トタン屋根とベンチのある簡易的な休憩スペースにもなっているのだ。
しかし簡易も簡易。なぜ壁を省こうとしたのかは分からないが、柱と筋交いのみの両側面と背面はそよ風すらも遮らない。
ちなみに、バスを使って登校している訳はというと、我が高校は私と彼女の住む町からは遠く離れており、公共交通機関が多少は整ったまた別の町に存在するためである。片道二時間の道のりは長く険しいものではあるが、その間にする彼女との他愛のない会話はそう悪くはない。
「バス遅いね」
「また勝っちゃんがのんびりと運転してるんだろ」
「あぁ...いつもの事だったね」
「...そう言えば、カオリ」
「ん?」
「カオリは進路どうしたんだ?」
「んー...決めてない」
「え、もう12月だぞ」
「だねぇー」
マイペースな性格だというのは嫌という程分かってはいたが、ここまでとは。
「でもね、やりたい事もないんだぁー、私」
「前はパティシエになりたいって言ってなかったか?」
「あー、言った言った。でも、調べれば調べるほどお金足りないってなってさ」
「そっか...」
「でも本当はね、一緒に着いていこうと思ったんだよ?都内の大学」
「そうなのか?」
「うん、でもやっぱり駄目だった。家、お金あまりないからさー。ちょっと残念」
彼女は微笑みもしなければ、悲しそうな表情もしなかった。ただ遠くの空を見つめ、眼をそっと細める。それはどこか諦めをつけたような、そんな表情であったことを今でもハッキリと覚えている。
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