消えよ青春

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「今日さ、先に帰ってていいよ」 一日の全てが終わった放課後に、昇降口手前でカオリが私の肩を叩きながらそう放った。 しかし〝雪景色〟という魔力は存在するのだろうか?というのも、今日だけは子守唄と変わらぬ講義も品の良いオペラの様に聞こえ、普段なら眺めるに足らない退屈な山々も、舞台劇の背景の様に見応えがあったからだ。だから気付けば授業は終わっていたし、その体感した時間に見合わぬ満足感が、私を満たしていた。 そして何故だろう。 ふんわりとした感覚である筈なのに、今日という一日が〝忘れぬ記憶として徐々に根付いていくのだろう〟と、私はどこかで密かに確信していた。雪を除いてしまえばいつもと変わらぬ一日だというのに。ふんわりと、確信。真反対に思える言葉を並べても胸の奥底では納得がいってしまうのだから、心とは非常に自分勝手でおかしなものだ。 「珍しい、なにかあった?」 「ちょっとね、買い物」 どこか、彼女は少し嬉しそうに微笑んだ。 こういう時は大体なにかを企んでいるが、いつも私の知る由はない。前回の企てでは確か、私の誕生日に木造の埴輪を贈ってくれた。それも大量に。今も枕元にその一部が置いてあるが、その視線が恐ろしくて眠れぬ時があるというのは内緒の話である。 「なら仕方ない」 「ごめんね、また明日」 停留所から彼女の背中を見送ると、私はベンチでいつも通りに遅延しているバスを待った。
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