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「あ、わたしが出ます」
母は席を立ってパタパタと急いで受話器を取った。
「はい、もしもし」
「はい、はい」と慣れたように少し高めの声で相槌を打つ。母というのは電話だと家族の間で話すよりも少し上品な話し方になるというのは、皆も経験があるのではないだろうか。今回のそれも同じだった。
聞き慣れたトーンだから、そんな大した用件でもなかったのだろう。そんな考えは母の一度の、何かを察したような慎重な返事によって簡単に壊されてしまった。
「…はい、は…い…」
母の高めの声は次第に低くなり、ところどころ上擦っていく。肩が小刻みに震えると、遂にその場でしゃがみ込んでしまった。
「おいおい、大丈夫か?」
父が思わず母に駆け寄る。涙で湿った声で父に説明しているが、小声過ぎて私には聞き取れなかった。
さて、ところで皆は私が最初に〝都会への脱出〟への決意を語ったことは覚えているだろうか?それが「先日までは固く強く胸にあったはず」と言ったことも。
そう、ご察しのとおりあの決意は見事に崩れ去ってしまった。この瞬間を境に。
その理由を話さなければいけない。ここまで付き合ってくれたあなたの為にも。だが、しかし、手が震えてしまうのだ。遥か前に成人した今ですらこのザマとは、非常に情けなく思う。
だから一つ呼吸をおいて、順々と先に続けよう。
原因から言うと、カオリが死んだ為だ。
彼女が死んだのは誰のせいでもない。強いて言うなら、雨で緩くなった雪が彼女を殺した。乗っていたバスがスリップし、そのまま田んぼに向けて横転した。
しかしそんなことで人が死ぬのか。こんなにもあっけないのか。最初は全く信じられなかったが、それを確かに証明してくれたのは彼女の遺影を見た時だった。
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