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其の青年の日常は、特に何と言うものでもない。朝に起床し、まだ学術を学んでいる歳なのだろう、そういった場に足を運ぶ姿を多く見た。同じ年の頃の青年なのだろうか、其の学舎へ向かう同じ衣を纏う青年達と楽しげに笑う姿は、とても朗らかであった。時折マオは笑みを溢し見守っていた。住まう家には、恐らく両親だろうか。青年よりも更に歳を重ねた人の男女が、青年と和やかに言葉を交わす姿が在った。
ある日の事、青年は朝に慌てて家を飛び出した。何時もより少しばかり遅い様だ。規則的に動いていた青年が、本日は息を切らし、少々険しい顔で何時もの道を駆けている。
「――くそ……これ、もう遅刻だ……っ」
苛立ちと共に呟く青年。マオは只、空より其れを眺めていた。青年は急いでいるにも関わらず、足を止めた。道を隔てた向こう側にある、鉄塔に着いている赤い光を忌々しげに見つめている。此の人の住まう地では、所々で見掛けるあの鉄塔の光で、進める道が決まる規則がある様だ。訪れた人の世界に関しての知識を入れていたマオは、あれが信号機であると理解していた。
漸く、信号機の光が青くなったのを確認し、青年が再び駆け出した。が、其所へ飛び出してきたのは車輪のついた鉄の塊。自動車だ。マオは僅かに眉を動かした。青年の目が自動車を捕らえた――ぶつかる――次の瞬間、青年は体が浮くような感覚を覚えた。
「え」
何故か、知らない腕に収まっている自身の体に驚き、顔を上げる青年。何と見ず知らずの、美麗で涼しげな目元をしたスーツ姿の青年――マオ――に抱えられ、目指した向かいの道にいたのだ。一体、何がどうなったのか全く思い出せない。周りにいた人々も、あの一瞬で目を覆う程の惨事を予想したが、此の素晴らしい奇跡に驚きと、安堵の表情を浮かべ、其の様を呆然と眺めている。問題の自動車はと言うと、青年の無事が確認出来た為、逃げる様に其の場を走り去って行った。
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