始まりの広場

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始まりの広場

 エナルとカナルが広場まで行くと、そこには大きな影が映っていた。 影の持ち主は濁った緑色の竜。バタバタと慌ただしく飛ぶ竜に、居合わせた人々は大混乱だった。 「エナル、ちょっと待ってて」 鮮やかな橙色の少女・カナルが、これまた鮮やかな若草色の少女・エナルに声をかける。 エナルは、カナルがなにをしようとしているかに気付いて、慌てた。 「ダメよ、カナル! こんな人の多いところでやったらバレちゃうもの」 「あの竜、人が乗ってるみたいだよ。それにあんなに暴れてたらそのうち落ちる」 これだけの説明で察しろと、カナルは駆け出した。 「あんまり派手にはやらないでね!」 (まあ、無理かしら) 一刻も早く広場から出ようとする人々と、それを逆走する橙色の少女。 エナルの心配そうな視線の先で、広場の中央に立ったカナルはすっと手を挙げた。遥か上空にいるはずの竜は、少女のそんな小さな仕草に刺されたかのように動きを止めると、そのままゆっくり下降してくる。 人々は何事かとざわめいた。 「そなたたちが騒ぐからあの()は驚いて暴れるのだ! 静かにしておれ!」 それほど大きな声でもないのに、不思議と通る声でカナルが叫んだ。 (ああ、あのバカ!) エナルは思わず頭を抱えた。 (もっと普通の民と同じように言いなさいよ……!) 呆れるエナルはこの国の皇女であった。そして双子の片割れであるカナルもまた、皇女であった。 特別な環境で育った故に、二人が母とお互いの前でくだけた口調で話すことはまずない。だから仕方ないと言ってしまえば、それきりではあった。 「竜を操る少女がいるというのは本当か?」 「この人混みの中か!」 「若草色の少女も近くにいるはずだ!」 きゅうとカナルに甘える竜をぼんやりと眺めていると、エナルのすぐ後ろでそんな声が聞こえた。 (まずい) そっと後ろを振り向くと、四・五人の憲兵がウロついている。 気付けば広場から出られる場所はどこも憲兵に張られていて、そうなるとエナルの行ける先は前しかなかった。 「若草色の少女はここにいるぞ! 橙色の竜を操る少女も、広場の真ん中に!」 人混みをかき分け、カナルの方に進んでいくと、途中で誰かが叫んだ。 そのひと声で憲兵たちの目は、一気に皇女二人を捉えた。 「どうしよう」 エナルが無事カナルの隣にたどり着くと、カナルがすがるように呟いた。 「落ち着いて。ここで捕まるわけにはいかないわよ」 エナルもそう答えつつ、内心はとても焦っていた。 「ねえ、お姫様方? (これ)に乗ってる人のこと、忘れてない?」 竜しかいないはずだった背後から、そう声がかかった。 驚いて振り返ると、そこにはところどころ怪我をした少年が立っている。 「そなたっ……」 なにか言いかけたカナルを遮って、少年は、 「(これ)を鎮めてくれたお礼にひとつ、お願いを聞いてあげる。ほら、3、2、1!」 なんて口早に言う。 「えっ、えっと、その」 突然のカウントダウンに口ごもるエナルに代わって、カナルが迷わず言った。 「今すぐ我らをその()に乗せて、飛べ!」 少年はパチンと指を鳴らして、ニカッと笑った。 「そうこなくっちゃ!」 少年は笑みを浮かべたまま、さっさと竜の背からかかる縄ばしごを登っていってしまった。その後を追って、はしごに足をかけるカナル。 「エナル! なにしてるの?」 カナルに呼ばれて、エナルはハッとした。 目まぐるしく回り、場面を変える目の前の状況に、若草色の少女はどうしても理解が追いつかなかった。 「早く乗って!」 少年にも急かされて、慌ててエナルもはしごを登った。 広い竜の背中には小さな船がくくりつけられる。船へ上がるための渡し板も、甲板の床板も、黒くテカっていて、小船の歴史を物語っていた。 「飛んで!」 下を覗き込むと、すぐ近くまで憲兵が迫っている。 少年が大きな声で竜に命じたが、竜は飛ばない。 「飛べ!」 カナルが叫ぶと、三人の身体に一気に負荷がかかった。それと同時に景色が一変する。暴風にエナルの長い若草色の髪が、激しく踊った。 小さくなっていく民衆に、近づいてくる群青に、皇女たちは息を呑んだ。 そんな二人を少年はニヤニヤと眺めていた。
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