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「言い逃れができないような証拠さえあれば、検挙することができる。要は証拠だ。それを掴むことができれば、淫花廓をまもっている偉いさんたちも手を引くしかない。顧客には暴力団関係の大物も居るって噂だ。麻薬売買にも使われているかもしれん。上手く動けば麻薬取締部を出し抜けるぞ」
たるんだ顎を撫でながら、大仏がそう言って笑った。
「……そんなにうまく行きますかね?」
疑わしい思いを隠さずに肩を竦めるのが、いまできる唯一のことだった。
なぜなら、誓約書なるものを目の前に提示された以上、ノーという答えは存在しないからだ。
大仏の胸ポケットに刺さっていた万年筆を拝借して、誓約書に署名する。
名前の最後の一画を書き終える手が、少し震えた。
これでもう、自分は警察官とは名乗れないのだ……。
胸中に湧き起こる感傷と恐怖を少しも理解していない顔で、大仏がうんうんと頷いた。
「きみの新しい名前と生育歴などは追って連絡する。きみの警察手帳は私が預かろう。その書類にも書かれている通り、きみが警察官であった記録は一時の間破棄する」
「……上手く潜入できなかったときは?」
「そのときは、元の部署に戻れるよう手配する」
「潜入後の遣り取りはどうなります?」
「それも追って連絡する」
唇からため息が漏れた。
要は連絡があるまで、具体的なことはなにもわからない、ということである。
首をぐるりと回して天井を仰ぎ、その一動作ですべてに諦めをつけると、大仏に向かって一礼をした。
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