ダブルフェイス・ナイト

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金曜日の夜だった。繁華街はその名が示すとおりに賑わいを見せており、通りに立ち並ぶ店の眩い灯りが道行く人々を照らしていた。その表情も週末の夜だけあってか、明るい光を反射する頬が示すように概ね晴れやかなものが目立つ。そこかしこに乱立した居酒屋の入り口はどこもかしこも絶え間なく人が出たり入ったりと忙しない。 四月も半ば、歓送迎会のシーズンまっただなかでは無理からぬことである。昂汰も例に漏れず今月何度目かの職場の飲み会に出席していた。会社全体、部署での集まり、男子会と称したただ飲みたいだけの集まりにも律儀に参加してしまうのは性分で、今日も隅の方で猫背気味の背中をさらに丸めて身を縮めながらあまり得意ではないビールを舐めるようにちびちびと口に運ぶ。 そもそも酒には滅法弱く酒癖だってあまりよろしいとは言えないのだ。そんな人間にとってこの場所は非常に居心地が悪かった。せめて友人同士の気楽な場であれば多少の無礼はゆるされるだろうが、会社の飲み会ともなればそうはいかない。 「だあからあ、そこで言ってやったわけだよ!お前のそれはただの、自己満だって」 「大森さんその話何回目っすか……」 ほぼ素面のテンションの自分とは対照的に陽気に酔っぱらった周囲は目まぐるしく、階段を一足飛ばしにしたような順序の話をメビウスリングの如く繰り返す。おかげでところどころ抜け落ちていた部分が繰り返される度に補完されてはまた別のところが抜け、というのを繰り返したせいかなんとなく話の整合性が取れつつあった。聞いているこちらにとってはどうでもいい事この上ないのだが、元来口下手なきらいのある昂汰は適当に相槌を打つというのがどうにも苦手だった。今の同僚のように辟易したようなリアクションを取れるほど親しくしているつもりもないのでつい真面目に最初から最後まで話を聞いてしまうのだった。四方八方から唾と一緒に飛んでくる言葉のボリュームの大きさに思わずだんだんとさらに小さく身を縮めながら手持無沙汰にジョッキに口をつける。
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