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それを今更覆すような真似をするな、という華音の牽制をやんわりと踏み潰しながら愁は口を開こうとしてしばし逡巡する。はたして、自分はこの子どもに何を言いたいのだろうか。それこそ出会ったばかりの頃、その時はこれしか呼ぶ名前が無かったから呼んでいただけの本名で呼びかけてまで、なにを。
「……お前こそ、なんか用あったの。こんなとこまで来て」
少しだけ迷って出てきたのはそんな言葉だった。今更、なにを言えるというのか。なにを訊けるというのか。年上ぶって偉そうなことを言えるほど、大層な人生を歩んでもいない。いつものようなただの戯れとして収めるしかできない。
「えー、別になんもないよぉ。ただ全然戻ってこないから、どうしたのかなってだけ」
わざとらしく首を傾げておかしそうに笑う顔には明らかに安堵が滲んでいた。なにを自分相手に怯えていたのだろう、怯える必要があったのだろう。首を傾けた瞬間流れた、目に鮮やかな赤い髪が僅かに汗ばんだ白い首に張り付いてた。
「あー、もしや一服中に熱中症でひっくり返ってるのかと心配してくれたわけ?お優しい、さすが」
「そうそう、最近そういうニュース多いからね。シャレになんないって」
肩を竦める彼の額を小突いて、灰皿に煙草を捨て立ち上がった。日は既にほとんど落ちかかっている頃合いだが、分厚い雲に阻まれて分からない。
「こりゃ一雨来るかね」
「どうだろうねえ、でもなんか降りそうな空気ではある気がする」
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