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「せっかく貴女に娘の婚約式のドレスの注文をしようとしているのに」
アグネスはぱっと顔を上げた。その目は大きく見開かれている。
「婚約でございますか!? お相手は!? お嬢様に関しまして、今までそのようなお話は全く伺っておりませんでしたが」
「そこにいらっしゃいます」
夫人の視線がこちらに向けられた。それにつられたようにアグネスがこちらを見る。そして大きく目を見開いた。
アグネスはこの部屋に入ってきてから夫人の言葉に驚いて顔を上げるまでの間、目を伏せていた。それゆえにリューティスの存在に気が付いていなかったのだろう。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合う。アグネスは呆けているようだった。
「……あの」
「っ……も、申し訳ございません!」
リューティスが声をかけると、我に返った彼女は膝をついた体勢のまま、深々と頭を下げた。リューティスは眉尻を下げた。
「……いえ」
ここで容易に低頭する必要はないと口にすることもできない。リューティスは平民であって貴族ではないが、ユリアスの婚約者なのだ。リューティスとしてはどうでもいいことであるが、アグネスがアクスレイド公爵家の令嬢の婚約者を軽視するような態度を取ることは、アクスレイド家御用達であろうアグネスにとっても、アクスレイド公爵家にとっても、あってはならないことだろう。
「綺麗でしょう? 私の娘ながら面食いなのですよね」
「お母様……」
くすくすと上品に笑う夫人に、ユリアスが小さくため息をついた。ユリアスの父親であり、夫人の夫であるアクスレイド公爵は、凛々しい男前な顔立ちをしている。目や唇の形がユリアスとよく似ているが、その雰囲気は全く異なる。
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