六章 仕立て屋と衣装決め

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  「はい、お任せくださいませ」  アグネスは深くうなずき、ユリアスの方に視線を向け直した。 「では、早速ですが、意匠の方を決めていきましょう。最近の流行は、腰から下の後ろを大きく膨らませた意匠でございますが、どのような形になさいますか?」 「そうですね……」  己の婚約者の衣装決めだからと話し合いに参加したのはいいが、リューティスはあまりドレスの流行に詳しくない。潜入捜査等で必要になったときは調べるのだが、最近はそういった知識を必要とする依頼は受けていなかった。 「お嬢様は華奢ですし、ふくらみを持たせない方がきれいに見えるかもしれません」  アグネスは肩から掛けていた鞄から手早く画帳を取り出して開き、そこに万年筆を走らせた。 「イヴァンス様の深い湖のような青色もどこかに取り入れた方がいいですね……」 「パニエで膨らませるのではなく、布で膨らませるのはどうでしょう。一番上の生地にこの布を使用して、下に濃い青色を重ねて……。スカートに大きく切れ込みを入れて、下の布地が見えるように」  百年ほど前までは、高位貴族の女性は日常的に固い骨組みの入ったパニエを使用することが義務付けられており、下級貴族であっても登城の際は着用しなければならなかった。だが、近年では、常日頃からパニエを身に着けてスカートを大きく膨らませている女性は少ない。  しかし、それでも公の場ではパニエを着用する女性は多い。パニエではなく、ペチコートを着用する女性も増えてきているが、まだあまりその割合は多くない。 「布を重ねて……、切れ込み……、下に青色……」  ユリアスの言葉を聞いたアグネスは、ぶつぶつとつぶやきながら万年筆を走らせる。 「刺繍は……銀? 王蒼魔石を……」  つぶやきは止まらないが、その手も止まらない。瞬く間に絵が描かれていく。 .
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