九章 旅立ち

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   冷たい春の朝の空気を大きく吸いこむ。窓かけをそっと開けると、窓の外にはまだ漆黒の闇が広がっていた。  寝巻から着替え、軽量な合金製の部分鎧を身に着けて、腰のベルトに青紫色の刀の鞘を吊り下げて、灰色のマントを羽織る。  暗闇の中、部屋の中を見回す。二週間ほど世話になった少々豪華な部屋である。昨夜のうちに書き上げていた手紙を“ボックス”から取り出し、枕もとの小さな丸テーブルの上に置いた。  気配を薄めたまま、音も立てずに扉を開けて、薄暗い屋敷の廊下を歩く。足を運んだ先は、己の従魔である走竜の彼方がいる竜舎だ。  この時間はまだアクスレイド公爵家に仕える従魔調教師も眠っている。時折、見回りの兵士が立ち寄るようだが、気配を消しているリューティスに気が付く者はいまい。  音も立てずに竜舎の中に入ると、まだ眠っていた彼方の脇に座り込み、気配を少しだけ戻して彼の首元に抱き着いた。  彼方は薄っすらと目を開ける。いつものように甲高い声を上げようとした彼方の耳元で告げる。 「静かになさい」  こちらの言葉の意味を大体理解している賢い彼は、鳴き声を上げずにすり寄ってきた。 「……しばらく不在にします。時間があるときに会いに参ります」  彼の首元に頬をつける。冷たくなめらかな鱗の感触に目を細めた。  少しばかり強く彼の首元に抱き着くと、その腕を離して彼の額に唇をつけた。  彼の瞳を覗き込み、小さく笑い、再び気配を消し去った。彼から離れ、音もなく竜舎の外に出る。  そうしてリューティスはそのまま屋敷を後にした。 .
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