閑話 姫君からの招待状

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   窓から差し込む光と通りからの賑やかな声で目を覚ます。身体を起こし、窓かけを開け放ち、硝子窓から通りを見下ろす。  癖のある長い金髪の毛が肩から零れ落ちてきた。寝起きで少々絡まっているそれを手の甲で払う。鬱陶しいが切る気にはなれない。この髪の長さだけが、記憶をなくしたことの何よりの証だった。  記憶がすっぽりと抜けてしまう前、己の髪の毛は肩辺りですっぱりと斬られていたはずだった。それが、目を覚ませば、腰のあたりまで伸びていたのである。  もっとも、そのことに気が付いたのは、己に仕えていた副官の老けた顔を見て、記憶を失ったことを知った後だった。なんせ、時折、魔法薬を使って髪を伸ばしていたことがあったため、最初は伸ばしたまま眠ってしまったのだと思い込んでいたのである。  ふらりと廊下に出る。廊下の突き当りにある洗面台で顔を洗い、水滴を拭うこともせず、鏡の中の自分の姿を見つめる。鏡の向こうからは黄金の瞳がこちらを見つめ返していた。  ふと、誰かが家の呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。慌てて顔を手ぬぐいでぬぐい、玄関へと向かう。 「はい、どなた?」  扉を開けると、そこには執事が立っていた。その執事の顔には見覚えがある。 「あら? 貴方は確かアクスレイド公爵家の執事ではなかったかしら?」 「えぇ、その通りでございます。お久しぶりですね、ステラ様」 「……えぇ、そうね」  ステラが彼に最後に会ったのは、ステラの記憶では二年ほど前である。ステラは十年分の記憶を失っているため、それを加味すると十二年前ということになる。実際にはすっぽりと記憶が抜けてしまった十年間のどこかで会っているのかもしれない。 「しばらく会わないうちに雰囲気が変わったようですが、……何かございましたか?」 「特に何もないわよ」  ステラは笑みを浮かべて肩をすくめた。自分が十年分の記憶を失っていることは、基本的には他言できない。それは魔界戦争後のごたごたがおさまらないうちに、水帝である──自分には水帝になったという記憶は全くないのだが──自分が記憶を失い、帝として戦えるような状態ではないことを、一般民に対して隠しておくためである。  しかしながら、そろそろ戦争から一年以上が経過する。戦後の混乱も大方おさまった今、隠しておく必要はもうほとんどない。おそらく戦争から二年経過した時点でステラの記憶が戻らなかったら、隠すことをやめることになるだろう。 .
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