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月がでていた―――――。
空には満天の星、時折流れていく雲も、その星や月の光を覆い隠すことはできない。
夜の空を吹き抜ける冷たい風も、その輝きを貶めることはできないだろう。
死を連想させる糸杉の森も、山紫水明と水鏡映す湖も、神秘的に輝く月の下、ひとつの景色として成立していた。
いつもと同じ風景を眺めていた。月の満ち欠けを辿りながら遊んで、雨が降れば糸杉の森で雨宿りをする。
今日もそう、ぽつり、ぽつりと、雨が降ってきた。でも少し様子がおかしい。
だって―――。湖だけ雨が降っていない。
片時雨というにはそこだけ降っていないというのもおかしくて、初めて見た光景に衝撃を受けた。
そう、だから、湖を見に行くことにした。
糸杉の森をまっすぐ進み、その間にも紫陽花や水たまりに映る琥珀色した月が、雨によってそれぞれを讃えるように、輝きを増す。
糸杉についた雨露が、月の光を返して光り輝く。そのさまは満開の桜のようで、跳ねる雨粒は舞い散る花びらのように、湖までの道を照らした。
道が開けた先に、湖が見えた頃、声が聞こえてきた。
「どうして先に行ってしまったのでしょう、私はまだここに居ます。」
長い黒髪に、碧い瞳、紺色の着物に身を包んだ女性は、湖のほとりで、嗚咽を漏らし。
真っ白な肌も、頬はほのかに赤く染まり、長いまつげを涙が濡らした。
涙はそのまま湖に落ち、波紋となり広がる。
湖面は山紫水明、明鏡止水、山々も、この星空さえも克明に映し出す。
映した景色が波紋に揺れ、悲しみを浮かべる表情をかき消した。
彼女の嗚咽は止まらず、ポロリポロリと涙が落ちてゆく。
時折自分自身の身体を抱きしめながら、どうして、どうしてと呟く。
誰かを待っていたのか、それとも誰かが去ってしまったのか。
咽び泣く彼女の姿は、とても、綺麗だった――――。
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