月夜の想い、一雫

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されど、その蝶は、女性に触れることはなかった。  彼女が踏み込んだ足は、そのまま、蝶に触れることなく。  彼女が伸ばした手は、そのまま、光を抱きしめる。  その光を胸に抱いた彼女の身体は、ゆっくりと、湖に沈んで行く。  しかし。その時の彼女の顔は忘れることなど出来はしないだろう。何か愛おしいものに出会ったかのような、大事なものに触れたような、とても美しい笑顔で。  湖に落ちていく女性を見た。間に合わなかった後悔や焦燥感が駆け抜ける。しかし、女性のあの表情を見て、誰が、彼女が不幸だったと言えるのか。  だから、ここからは、勝手に過ぎない。わがままの押しつけかも知れない。だけど、どうしても諦めることができなかった。  自分の力の全てを使って、次の未来を示したい。  蒼い蝶が淡い光を放ち始める。ゆっくりと彼女が落ちていった湖底を目指して沈んでゆく。  蝶は蒼い玉となり、女性のもとへ降りる。彼女は、安らかな顔で、眠るように漂っていた。  蝶はこう思う。これが良い事かどうかわからないけど、後悔はない。今となっては彼女の気持ちを聞くことはできないけれど。  もし次があるのならば、新しい未来に生きて欲しい。  本当は今助けたかったけど、そんな力はないから。せめて、せめて、次の人生が愛ある物になりますようにと願った。  蒼い光の玉は、女性の身体の中にゆっくりと入り、身体が青白い光に包まれる。それに反応して湖や山々、森たちが共鳴するように鼓動する。  森の自然たちが新たな旅たちを祝福しているようで、それに合わせて光が収縮を始める。  女性だった光は、卵のように丸くなり、共鳴が終わると同時に光にひびが入る。  ひびが広がり、光が割れる。中から出てきたのは碧く輝く蝶だった。  湖底で生まれた蝶は、水面を目指して昇ってゆく。水中に漂う泡沫や乱反射する月の光が、蝶を讃えている。  水面に近づき外に飛び出した蝶は、そのまま空へ飛び立ちました。その時に一雫、落ちた水滴は、ただの水滴か、それとも涙か―――。  それはきっと蝶にしかわからない。だってきっと、その、心までは。
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