一、臨 死

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一、臨 死

 わたしはこのように聞いた。  尊敬すべき男、マタヨシ・ハートマンは、  若くして病に倒れ、いま死の淵にあった。  誰も彼のことを気にかける者はなかった。  親族たちからも遠く離れていたので、  今際のとき、彼は完全にひとりぼっちだった。  彼のほうでも、もう誰のことも気にかけていなかった。  彼はただ、孤独に病苦と向き合い、  体の苦痛に耐えて、静かにそのときを待っていた。  マタヨシは自分の枕元に立って、  病床に横たわるもう一人の自分を見つめて言った。 「いやはや、もう、  おれは生きるのに飽きた。  いったいこの苦行はなんだというのだ?   人間、死んで、無になるとすれば、耐え忍ぶことに、  いったい何の意味があろう。それとも、  無が有るとでもいうのか?  おれの体に巣食う悪霊が、  生きながらにおれの身を焼き、  おれは高い熱にうなされ、  おれの乾き切った喉には、  一滴の雨粒さえ落ちて来ない。  おれはこの狭い部屋の中で、  ひとり最期の時を迎える――。
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