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「ほら、お嬢様にもご挨拶を」
「本日より、こちらでお世話になります」
「そう、どうぞよろしくね」
また新しい奉公人がやってきた。
何故かうちは奉公人の入れ替わりが激しい気がする。本当はよそのところの事情をちゃんとは知らないので、比較というのはできないのだけれど。それにしても入れ替わりが激しい気がするのだ。
早くて1ヶ月、長くて……長くてどれくらいだろうか。
私は自室に戻って花を生けていた。書物に目を通す方が断然好きなのだけれど、今日もお父様の目があるので中々そんなことはできない。
女に教養が合ったっていいと思うし、何にもないお人形さんみたいなのより、ちゃんとおつむもしっかりしている方がいいと思うんだけどな。
そんなことをしていたら嫁の貰い手が無くなるとお父様は言って聞かない。そんな話をお母様としているのを聞いたから。
「お前は、どう思うかい?」
「……」
片隅に座り込む熊に話しかけてみたが、これといって反応はない。
近づいてみても、目は合うけどそれ以上の反応はない。
「つまらないわ」
つい口をついて出てしまった本音に、少しだけ熊が悲しそうな表情をした気がする。
下を向いて、何か言いたげに口を少し開いて、そして大切なことを全部飲み込んでしまうかのようにごくりと呼吸をする。
ー本当は言いたいことがあるんでしょうー
そんな表情をされたから、強めに突き放すように言い放ってしまった言葉であった。
その言葉にまた俯いたように表情を暗くして、そして開いた口をまたぎゅっと閉じて、ごっくんと何かを飲み込んだ。
そっと小物入れの引き出しを開ける。朱色と鞠の模様の和紙が貼られた愛らしい小物入れ、そう言えばこれを選んでくれたのもそうだったな。
幼い子どもが喜びそうな兎があしらわれた櫛は、可哀想に少し欠けている。
この欠けた櫛を見る度にそんなつもりではなかったのにと思うのだ。
誰も傷つけたいなんて、微塵も思っていない。
はて、誰のことを。
片隅に座り込んだままの真っ暗で真っ黒な瞳がはらはらと揺れるようであった。
どうしてそんな表情をするのか、私には不思議でならなかったけど、理由もわからずに私の目からじわりと滲んでくるものがあった。
その熊を見ていると、時折胸が締め付けられるようであった。
何でだろうか。
大切なところが欠落している。
まるでこの櫛のように。
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