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「まあ、可愛い櫛ね」
新しい奉公人が私に見せてくれたのは、藤の花をあしらった櫛であった。
彼には妹がいるらしく、彼女に贈るのだと嬉しそうに話していた。
「あたくしの妹は、あたくしなんぞとは比べ物にならぬほどに本当に頭の回転が良いのです。だからあたくしが働いて、妹には好きなことをさせてやりたいのです」
妹ならきっと、お偉い学者様にだってなれるのだと、奉公人はぺろりと言ってのけた。
ああ、なんと羨ましいことだろうか。
そんな言葉、私が言われてみたいものだと思うばかりだった。
新しい奉公人は、みんなから小曽ちゃんと揶揄されるほどに中々に未熟で、何度でも叱られている場面を目撃した。
それはもう見ているこちらが心配になるほどであった。
ちろりと目が合うと、小曽ちゃんは気恥ずかしそうに目線を逸らして、後程お恥ずかしいところをと大層恐縮するのだ。
なんとも懐かしい気持ちになってしまって、決して彼を責め立てる気持ちにはならないし、私はそんな立場でもないので、「頑張ってね」と声をかけるくらいしかできはしないけれど。
でも、どうして懐かしいという感情が沸き上がってくるのかはわからずに、なんとも不思議な気持ちになるのだ。
「へえ、小曽には妹がいるのか」
急に聞こえた声に振り返ると兄様が立っていた。
小曽ちゃんは慌てて櫛を隠してしまって、「若旦那」と頭をひょこひょこと下げるのだ。
兄様はそんな小僧ちゃんの様子は気にもとめずに、妹さんの話ばかりを気にしていた。
一体何がそんなに気になるのかと思っていたら、兄様は私の話を持ち出してこんなことを言ったのだ。
「私には、お転婆な妹がひとりいるからね。いつだってヒヤリとさせられているんだよ」
お父様が家にいるときに、兄様の部屋の書物を触ったことがあった。そう言えばこの間もやった。ばれてしまったようだ。
妹での苦労話に花でも咲かせようかいった具合なのだろうか、兄様はいたずらそうに笑った、
小曽ちゃんは、なんと返そうかと悩んだ様子だった。
「お嬢様はお優しい方ですよ」
そしてそんな風に言ってくれて、3人で笑いあったのだ。
ーお嬢様はお優しい方ですねー
誰かにも言われた気がするし、誰にでも言われている気もする。
何かが奥底につかえて出てこれないでいる。
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