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「どうかしたの?」
私が問いかけても熊は無言のままで立ち尽くすばかりだった。
やはりつまらないという感情が沸き上がりもしたけれど、それでは意味もないと、私もごくりと言葉を飲み込んだ。
その日はすっかりと日が傾いてから、お父様と兄様が帰ってきた。やや疲れをみせるお父様とは反対に、兄様はにこやかに帰ってきた。
「そうだ、土産があるよ」
そう言って兄様が私に手渡したのは、見覚えのある櫛だった。
「ありがとう」
兄様は私の言葉に笑顔を返した。
自室に戻って、もう一度貰った櫛をまじまじと見返したけれど、そこには藤の花があった。
これはどうしたものか、悪い想像が簡単に巡る。
もしかしたら、似たような櫛をたまたま手にしただけなのかもしれない。
熊がいよいよ立ち上がって、そして私の手にした櫛に手をのばしてきた。何事かと思えば熊は櫛を手にしたまま立ち尽くしてしまった。
しんと寝静まった屋敷で、不穏に足音が響いた。
いつもなら気にしないのに、気になってしまって仕方がない。
そっとその足音についていこうとすると、熊に腕を捕まれた。それでも私は熊の腕を振り切って、その足音のあとを追った。
足音の主は兄様で、その先にお父様も見えた。
床の間の大きな掛け軸をぺろりとめくったかと思うと、その先に戸があった。
ふたりがその戸の先に消えていってしまったので、不安に感じながら私もついていった。
よくよく考えると地下に繋がる秘密の通路だった。進んだ先には岩肌が剥き出しのじっとりと冷たく、頑丈すぎる錠前がいくつもつけられている部屋が見えてきた。
これは兄様の話に出てきた“仕置き部屋”だろうか。
「こんなところで何をしているんだ?」
声の主は兄様だった。
いつもと変わらない声色で、いつもと変わらない笑顔で、ただ手には血をぼたりぼたりと流す人間の足が握られていて、兄様がいつも通りな分だけ狂気めいていた。
「兄様こそ、それは?」
兄様は何も言わずにただ更に奥にある部屋を見せた。
そこには四肢を裂かれた女の子と、手足を縛られ、口を塞がれ、目からは涙を、腹部からはこんこんと血を流す小僧ちゃんがいた。
めまいのしそうな光景であった。
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