片隅の熊

6/8
前へ
/8ページ
次へ
「どうかしたの?」  私が問いかけても熊は無言のままで立ち尽くすばかりだった。  やはりつまらないという感情が沸き上がりもしたけれど、それでは意味もないと、私もごくりと言葉を飲み込んだ。  その日はすっかりと日が傾いてから、お父様と兄様が帰ってきた。やや疲れをみせるお父様とは反対に、兄様はにこやかに帰ってきた。 「そうだ、土産があるよ」  そう言って兄様が私に手渡したのは、見覚えのある櫛だった。 「ありがとう」  兄様は私の言葉に笑顔を返した。  自室に戻って、もう一度貰った櫛をまじまじと見返したけれど、そこには藤の花があった。  これはどうしたものか、悪い想像が簡単に巡る。  もしかしたら、似たような櫛をたまたま手にしただけなのかもしれない。  熊がいよいよ立ち上がって、そして私の手にした櫛に手をのばしてきた。何事かと思えば熊は櫛を手にしたまま立ち尽くしてしまった。  しんと寝静まった屋敷で、不穏に足音が響いた。  いつもなら気にしないのに、気になってしまって仕方がない。  そっとその足音についていこうとすると、熊に腕を捕まれた。それでも私は熊の腕を振り切って、その足音のあとを追った。  足音の主は兄様で、その先にお父様も見えた。  床の間の大きな掛け軸をぺろりとめくったかと思うと、その先に戸があった。  ふたりがその戸の先に消えていってしまったので、不安に感じながら私もついていった。  よくよく考えると地下に繋がる秘密の通路だった。進んだ先には岩肌が剥き出しのじっとりと冷たく、頑丈すぎる錠前がいくつもつけられている部屋が見えてきた。  これは兄様の話に出てきた“仕置き部屋”だろうか。 「こんなところで何をしているんだ?」  声の主は兄様だった。  いつもと変わらない声色で、いつもと変わらない笑顔で、ただ手には血をぼたりぼたりと流す人間の足が握られていて、兄様がいつも通りな分だけ狂気めいていた。 「兄様こそ、それは?」  兄様は何も言わずにただ更に奥にある部屋を見せた。  そこには四肢を裂かれた女の子と、手足を縛られ、口を塞がれ、目からは涙を、腹部からはこんこんと血を流す小僧ちゃんがいた。  めまいのしそうな光景であった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加