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兄様は腕を床に放ると、奥に据えられていた鉈を手にした。
そして私に躊躇なく振りかざしたのだ。
痛みと熱と、首から噴き出す血が私の意識を遠ざけた。
「本当はずっと、何よりお前をこうしたかったんだ……」
兄様の満足げな声が聞こえた。
薄く、お父様の声も聞こえた気がしたけれど、気がするばかりで、ちゃんとはわからなかった。
ーおじょうさま……ー
ーおじょうさま……ー
熊がいた。
あの熊はいつの間に私の部屋からすっかりと出てきていたのだろうか。
倒れ込んだ私の目をじっと熊が見ていた。
その瞳の奥に、見覚えのある誰かを覗いた気がした。
ー本当にいいのかい?ー
ーいいんです、おじょうさまをたすけたいのですー
熊がうんうんと頷いた。
今のやり取りは熊と誰のやり取りだろうか。
何にも見えなかった。
熊の先に、やはり見覚えのある姿が重なって、優しい光が私の心の臓にそっと置かれた。
ー本当にいいのかい?それがなければ、生まれ変われないんだよー
ーいいんです、おじょうさまをたすけたいのですー
私はあの兎があしらわれた櫛を思い出していた。
あれを贈ってくれたのは、かつて奉公人だった彼ではないか。
「お前なの……」
「はい、お嬢様……」
一瞬人間になった彼は、“代償”に、光と煙の向こう側に消えていった。
胸につかえたように残されたものを私は握りしめることしかできなかった。
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