<1>島

2/8
226人が本棚に入れています
本棚に追加
/584ページ
 彼の住まいは漁港から西に少し行ったアジア人種が多く住む地域にある。  アジア系とひとくくりにいっても、その生い立ちは様々である。その多くは第三国から入植した出稼ぎ労働者たちだった。    歩くこと三十分。  四十軒ほどの家が集まる集落へと行き着いた。  潮風で錆び付いた民家は見た目にも裕福とは言い難く、新年はとうに済んでしまったのに“HAPPY NEW YEAR”の電飾を、ちかちかとつけたままの家もあった。  軒先に飼われている犬が男に向かって走り寄る。柵の向こう側からやかましく吠えたてた。  一匹が吠えるとあちらこちらで遠吠えが連鎖する。飼われている犬種は狼犬に近いから、犬の本能がそうさせているのだ。  男は後ろを振り返っると、息をひそめ、耳をすます。  大丈夫──。  吠える犬と自分が踏みしめる雪の音以外に、これといった気配は感じられなかった。この十五年、確かめるクセがついていた。少しの変化も見逃せない。もし気づかなければ、その時点で終わってしまう。必然的に五感は研ぎ澄まされた。  ほどなくして空き地の吹きだまり、その向こうに側に平屋建の家が見えた。 緑に塗られた壁はひび割れ、ところどころ割れたコンクリートから鉄筋が剥き出しになっていた。すでに真夜中になろうとしているにもかかわらず、玄関脇にある小窓から、一筋の灯りが漏れ出てていた。     
/584ページ

最初のコメントを投稿しよう!